「馬には乗ってみろ、馬には蹴られてみろ」その一

ひょん | ひと 旅
DATEJun 1. 24

Nomad Horse Campは、ウランバートルから60キロくらいの草原にポツンとある、乗馬を楽しむためのゲル・キャンプだ。でも、なんでここにやってきたのかの説明は難しい。理由はたくさんあるので簡単には言えないが、乗馬が目的ではないことは確かだった。
とにかくモンゴルへ行きたいと思ったのだ。

日本語が上手なオーナーのムギーさんは編集者のOさんに似た、つまり日本人と言ってもいいような柔和な顔だが、実はしっかりした意見を持っている。それもそのはず、京大に4年、東大に2年留学し経済学を専攻したという。なんと、福岡にも来たことがあり、名前は忘れたが福岡で人気のカレー店をウランバートルで展開したいらしい。実業家なのだ。

それはさておき、僕は子供の頃に「別府ラクテンチ」でロバに乗っかったことがあるが、本物の馬は知らない。ただ「馬には乗ってみろ、馬には蹴られてみろ」という昔の諺をなんとなく覚えている。もちろん「蹴られる」のは勘弁してほしいが、ここまで来たからにはやるしかない。乗る前のレクチャーはまず「横や後ろからではなく馬の正面から近づく」ということで、つまり後ろからだと蹴られる危険があるということだったので肝に銘じた。

モンゴルの馬はサラブレッドと比べると、背は低く、短足、胴長だが持久力はサラブレッドに勝るといわれる。乗馬には競技を目的とするイギリス系と、あくまで草原を自由に疾駆するいわばカウボウイ系に分れていて、こちらはもちろん後者だ。だからといって、初めて背に跨ろうとすると、一人では無理だ。まずは鎧(あぶみ)に左のブーツを乗せ、体を補助してもらいながら「あん馬」みたいに右足を思いっきり跳ね上げて跨らなければならない。老骨にはほぼアクロバットなのだ。しかも、着座するとやっぱりなかなかの高さなのだから。

馬は初心者向けを用意してもらっているのでおとなしいはずだが、油断はならない。心の中で「よろしくお願いします」と挨拶してそろそろと草原へ繰り出した。手綱を左手で短く持ち、なるだけ馬の歩く上下運動に合わせ、しかし体は真っ直ぐにと、ムギーさん。そう言われててもなあ、と思いながら前を見ると、そこには一面に若草が萌え始めたなだらかな草原に青空と流れるような雲。
自分の遠近感が働かない。
落っこちる心配はやめ、ぼんやり遠くを見続けた。