ひょん

毛玉のシャギー

January 5th, 2010

 
Rimg0021-1 確か中学生くらいの時だろうか、ご多分に漏れずアイビー・ルックの洗礼を受け、アメリカ東海岸の大学生ファッションに目覚めたわけだ。僕は、市内にあるアメリカ文化センターで開かれていた無料の英会話教室に、短期間だけ通っていた。先生は、まだその頃は存在していた春日原の米軍キャンプに所属する若い兵隊さんだった。ところがその先生、いまでは考えられないことだが、授業の途中でセーターの首に手を突っ込み、下に着ているボタンダウン・シャツの胸ポケットからやおらタバコを取り出して一服するのだ。それも、Vネックならまだしも、クルーネックなのだ。「なんて乱暴で、カッコイイ・・」、僕は唖然とした。それも一回ではなく、授業中多分3回くらいはその動作を繰り返していた。当然のようにセーターの首はちょっと伸びていたのだが、そこが又良かった。色は薄いグレーだったか、ちょっとダランとした感じはシェットランドだったに違いない。  
 その後、うっとりするようなアンソニー・パーキンスの着こなしや、いかにもニューヨーカーなウディ・アレンのシェットランド姿をスクリーンで見ることになったのだが、あの若い兵隊さんを越えるものではなかった。肘や脇の部分がすっかり毛玉になったセーターは、なんだか身体の一部みたいだった。そういえば、「シャギー」ってもともとシェットランド・セーターがだんだん毛玉だらけになった様子を指していたらしい。イギリスでは、そうやって親が子に伝えたものらしい。この冬は2枚のシェットランドを手に入れた。さて、立派な毛玉のシャギーに育てることが出来るのやら。その前に、問題は虫食いなのだが。

「音のある休日」#14

December 25th, 2009

Olafur 1(2) オーラブル・アルナルズ / ファウンド・ソングス 
 レコード屋で「ポスト・クラシック」と銘打ったCDを見かけた。試聴するとピアノとヴァイオリン、そしてチェロがとても心地いい。迷うことなく即買いしてしまった。
 「クラシックの次」といったカテゴリーなのだろうか、確かにポップス好きの人にも充分アピールしそうな明快さがある。ピアニストであるオーラヴル・アルナルズはアイスランド出身。余分なものをそぎ落とした静謐な音に、北大西洋の澄み切った空気を感じることが出来る。
 そろそろ師走。何かと気ぜわしいこんな時だからこそ、あえて椅子に座り、ゆったりと音楽に身をゆだねる時間が欲しい。無理な相談だろうか?
(西日本新聞1213日朝刊)

Homemade Music

December 24th, 2009

Rimg0047-1 東京で長い間音楽関係の仕事をしていたHさんが、つい最近福岡へ居を移した。その彼がCDをドサッと貸してくれた。見ると、そのほとんどがアメリカの、それもルーツ・ミュージックみたいなものが多い。ピート・シーガーやニッティ・グリッティ・ダート・バンドなど聴いたものもあるが、そうでないものもある。その中にデヴィッド・グリスマン関係のものが3枚あった。ジョン・セバスチャンと一緒のやつは聴いていたのだが、残りの2枚はいずれもジェリー・ガルシアとの共演で、前から気になっていたもの。まずタイトルに惹かれ聴いたのは1993年発表の”Not For Kids Only”というアルバム。ガルシアの優しい歌声とグリスマンのマンドリンやバンジョーでトラッドを子供に聴かせる趣向だが、確かに大人が聴いてこそ楽しめそう。もう一枚の”The Pizza Tapes”のほうはブートレグで流通し、デッド・フリークの間で密かに愛聴されていたもので、高田渡さんが生前Hさんに「ぜひ聴くように」、と薦めたCDらしい。リラックスした中にも名手達の息づかいが聞こえるようでとても素晴らしい。「天国の扉」や「朝日の当たる家」なんて名曲からマイルス”So What”まで飛び出すのだからタマラナイ。ザ・バンドで聴き馴染んだ”Long Black Veil”にはひとりグッと来てしまった。70年代はヒッピー気分で聴いていたものだが、実はホームメイドな雰囲気を持つアメリカならではの音楽なのだと合点する。

EVERESTのセーター

December 13th, 2009

 やっぱり穴が空いていた。しかも、よりによってEVERESTのセーターなのだからしゃくに障って仕方がない。といっても、キチンと防虫剤を入れなかった自分のせいだからあきらめるよりない。ビームスのスタッフに聞いたら、やはり虫というものは柔らかいウールから先に食ってしまうらしく、スメドレーなんかは大好物だとのこと。そういえば、安物は全部無事である。それにしても、これは奥さんからのプレゼントだったはず。ここはダメージ加工だと開き直り、かまわず着てしまおう。と思っていたら、レンガ色の新しいヤツをプレゼントしてもらった。こんどこそ、大切に着なければ・・・。

twitter

December 12th, 2009

最近twitterにハマッてる人が多い。 N君が最初で、最近I君も始めたらしく、さかんにその面白さを吹き込まれる、というか、勧誘される。ヤブサカではないものの何処が面白いのかが判然としないからしようがない。ただし、包囲網が縮まってきた感があることは確か。140字以内というのがイイ。(以上約140字)

「音のある休日」#13

December 11th, 2009

Swami 1 スワミ・ジュニオル / オウトラ・プライア
「イパネマの娘」が発表された1963年以来、ボサノバは世界中を駆けめぐり、今もその斬新なサウンドは人々を魅了し続けている。単にお洒落なだけではなく、サンバやショーロなどのブラジル伝統音楽をはじめ、古くアフリカからの音楽的記憶をも内包しているからだろう。
 様々なミュージシャンに信頼されてきたギタリスト、スワミ・ジュニオル初のソロアルバムには”サウダージ”と呼ばれる深い哀愁と、都会的な洗練が同居している。ネイティブとアフリカ系、そして西欧というミクスチャーが生んだ”つづれ織り”のようなクラフト感が大きな魅力ともなっている。ゲストの歌もそれぞれに滋味深く心にしみる。
(西日本新聞11月29日朝刊)

ジョナサン・デミ

December 6th, 2009

Rimg0029-2 ジョナサン・デミといえば「羊たちの沈黙」でヒットを飛ばした映画監督。ほとんど忘れかけていた人なのだけれど、新作「レイチェルの結婚」をDVDで観ると、やはり面白い。設定は姉の結婚式。元ドラッグ依存症の妹を中心に、多様な人々をドキュメント・タッチで描いている。一見、アルトマンの”Wedding”にも通じる群像劇ともいえるのだが、こちらのほうは皮肉度は低く、そのかわりに今のアメリカの匂いがしている。結婚相手は黒人、その甥っ子はイラク戦争から一時帰国した兵隊。パーティーを盛り上げる音楽も多彩だ。ブズーキを使ったり、インドっぽかったり、ジミヘンまがいやR&Bまでごった煮状態なのだが、どれもが映画にしっくり来ている。ついさっき、我慢できずにサントラをアマゾンでワン・クリック買いしてしまった。そういえば、彼はトーキングヘッズのライブ映画「ストップメイキング・センス」や、「サムシング・ワイルド」などで当時のNYを中心にした先端音楽への敬愛ぶりを示していたっけ。特に「サムシング・ワイルド」はそのクレージーな内容に、当時かなり興奮してしまった思い出がある。フィーリーズ(必殺”Fa C-La ”)がデビッド・ボウイの”Fame”をパーティーの場面でペナペナに演奏するシーンがあったり、ジョン・ケールやローリー・アンダーソンがスコアを書いたりしていた。時は1980年代中頃。レゲーにダブやアフリカン、パンクとUKニューウェイブ、そしてヒップホップなどが混然となって僕の頭を駆けめぐっていた時期だ。貿易センタービルも健在だった。

小包が届いた!

November 26th, 2009

 
Rimg0001-2 マラケシュで買ったキリムが、忘れた頃になって、ようやく届いた。遠くモロッコからとはいえ、エアメールにしては遅すぎるし、ほぼあきらめかけていたわけで、嬉しくないわけがない。これ以上コンパクトに出来ない程小さく丸められた荷姿を見て「ハテ、これは何なんだ?」と一瞬とまどったが、すぐに思い出すことが出来た。あのスークの迷路の奥にあるハッサンの店で、さんざん迷った品である。キリムと聞いてすぐ思い浮かぶ、いかにも手の込んだ羊毛ではなく、あえてニューメキシコのナバホなどにも通じる綿のシンプルな柄を選んだのだ。
 受け取りにサインをして、手に持ってみてその重さに驚いた。まるで鉄のかたまりが入っているかのようで、片手で持てないほどだ。そういえば、買った後、日本に送って欲しい旨を伝えたところ、4枚を重ねて器用にクルクル巻きにして、あっという間に小さなかたまりにしてしまった。それを紐で縛り、秤にかけて「送料は90ユーロ」、と伝えられたのだが、こんなに重いとは思ってもいなかった。はやる気持ちを抑えきれず、すぐに梱包を解くことにした。ところが、紐のかけ方が強固でなかなか思うに任せない。縦横の紐が交差する所が全部結んであり、その結び目がまるでイスラムの連続模様のようで実に頑固なのだ。そういえば、一昔前の我が家でも小包を出すのは一大事だったようで、同じように紐で梱包していたが、今ではガムテープで事足りている。開けてみると、モロッコの大地と空の色が現れた。

ソニー・トリニトロン・カラーモニター

November 20th, 2009

Rimg0078-2 「地デジ」という語感が苦手なこともあり、早晩今のままではテレビが見れなくなると知りつつ無視を決めこんでいる。高画質とかオン・ディマンドもいいいだろうが、コンテンツを何とかして欲しいと思う。どのチャンネルも、お笑い芸人と食い物ばかりが映っていては、機材をわざわざアップデートする気が起きない。一時「多チャンネルなら・・」と思い、ケーブルテレビを契約したこともあったが、すぐに止めてしまった。かといって、我が家からテレビを駆逐するわけでもない。何となくスイッチを入れ、ただボンヤリと眺めることがあるからだ。
 もうひとつ問題なのは、テレビの形状。あの薄型でサイズがやたら大きなモノをリビングルームに設置することは極力避けたい。パソコンで見るというのも手だが、ひとりさみしく画面に毒づくのも精神上よろしくない。結局また堂々巡りで、結論は先延ばし。再来年の7月が来ても、デジタル・チューナーを介したソニー・トリニトロン・カラーモニターにがんばってもらいながら、鮮明ではないアナログ画面を見続けることになるのだろうか。

「音のある休日」#12

November 18th, 2009

Scott 1 スコット・ブルックマン / ア・ソング・フォー・ミー、ア・ソング・フォー・ユー
 
 ツボを押さえたコード進行やつい口ずさみたくなるメロディーは、簡単にまねできる技ではない。例えばビートルズのポールもそうなのだが、天性とも言うべき音楽センスが関係しているとしか思えない。
 10年振りにセカンドアルバムを出したスコット・ブルックマンは46才のアメリカ人。一般的な知名度はゼロに等しいが、自宅録音ならではのフレッシュで暖かい作品に仕上がっている。自分自身とゆっくり対話しながら(時には、楽器が得意な友人を呼んで)音楽製作に打ち込む姿が目に浮かぶようだ。
 たとえヒットチャートには無縁だとしても、、好きな音楽をやり続けることは、うらやましい限り。それこそ、簡単に真似できることではない。(西日本新聞1115日朝刊)