Archive for November, 2009

ワン・アンド・オンリー

November 29th, 2009

Rimg0045スティグ・リンドベリと、リサ・ラーソンの、特に珍しいヴィンテージのアイテムが入荷しています。リンドベリ直筆サイン入りの書籍や、”ファイエンス”シリーズ。リサ・ラーソンの鳥型ハンギング・タイルなど、ワン・アンド・オンリーなもの多数です。ぜひ新入荷のラインナップページ >> へお越し下さい。

オブスキュア

November 27th, 2009

112.001藪直樹の絵には、抽象と具象の間を浮遊しているようなオブスキュアな空気がある。オブスキュアとは「あいまい」とか「ぼんやりした」という形容詞なのだが、一方では「・・・をあいまいにする、わかりにくくする」という他動詞としての役割もある。彼の絵は後者だと思う。それは、見る側に自由を担保するというアートならではのやり口である。この絵が「ウサギ」であるか否かは、すべて見る人の自由。まるで、座るのはもちろん、オブジェとしても機能する椅子のように両義的だ。そんな風だから、彼の作品はインテリアによく似合うのかもしれない。
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小包が届いた!

November 26th, 2009

 
Rimg0001-2 マラケシュで買ったキリムが、忘れた頃になって、ようやく届いた。遠くモロッコからとはいえ、エアメールにしては遅すぎるし、ほぼあきらめかけていたわけで、嬉しくないわけがない。これ以上コンパクトに出来ない程小さく丸められた荷姿を見て「ハテ、これは何なんだ?」と一瞬とまどったが、すぐに思い出すことが出来た。あのスークの迷路の奥にあるハッサンの店で、さんざん迷った品である。キリムと聞いてすぐ思い浮かぶ、いかにも手の込んだ羊毛ではなく、あえてニューメキシコのナバホなどにも通じる綿のシンプルな柄を選んだのだ。
 受け取りにサインをして、手に持ってみてその重さに驚いた。まるで鉄のかたまりが入っているかのようで、片手で持てないほどだ。そういえば、買った後、日本に送って欲しい旨を伝えたところ、4枚を重ねて器用にクルクル巻きにして、あっという間に小さなかたまりにしてしまった。それを紐で縛り、秤にかけて「送料は90ユーロ」、と伝えられたのだが、こんなに重いとは思ってもいなかった。はやる気持ちを抑えきれず、すぐに梱包を解くことにした。ところが、紐のかけ方が強固でなかなか思うに任せない。縦横の紐が交差する所が全部結んであり、その結び目がまるでイスラムの連続模様のようで実に頑固なのだ。そういえば、一昔前の我が家でも小包を出すのは一大事だったようで、同じように紐で梱包していたが、今ではガムテープで事足りている。開けてみると、モロッコの大地と空の色が現れた。

大変ご迷惑をおかけします、ご確認くださいませ

November 25th, 2009

※organ より、お心当たりのお客様へのお詫びと確認のご連絡です※

11/19(木)から11/23(月)までの5日間、当方のミスにより
ファックスによるお客様からのご注文や、ご住所、連絡先のお知らせ、お問い合わせ等
がすべてファックス印字されていなかった為、確認と対応ができていない恐れがございます。

また、この事態が本日先ほど判明しました為、商品発送の滞りでご迷惑をおかけしている
可能性がございます。大変申し訳ございません。

お心当たりのお客様は、大変お手数ですが、今一度ファアックス連絡をいただくか、
電話092-512-5967 まで、ご連絡くださいませ。

大変ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします。

フランスのヴィンテージ・ランプ

November 20th, 2009

Rimg0066Max Sauzeは現在も南仏で作家活動をつづける、フランスの彫刻家。彼が1960年代から1970年代にかけてデザインした照明や家具の素材はおもに「金属」。ある規則性を持ちながら、ワイヤーや金属を自在に操る彼のスタイルは、同じく金属彫刻家でデザイナーとしても活躍したハリー・ベルトイアと同じ魅力を彷彿させます。
 Max Sauzeの照明を照明ページに紹介しました。同時代のデザイナー、ジョエ・コロンボやヴィコ・マジストレッティのユニークなランプも同時に紹介、ご覧ください。

ソニー・トリニトロン・カラーモニター

November 20th, 2009

Rimg0078-2 「地デジ」という語感が苦手なこともあり、早晩今のままではテレビが見れなくなると知りつつ無視を決めこんでいる。高画質とかオン・ディマンドもいいいだろうが、コンテンツを何とかして欲しいと思う。どのチャンネルも、お笑い芸人と食い物ばかりが映っていては、機材をわざわざアップデートする気が起きない。一時「多チャンネルなら・・」と思い、ケーブルテレビを契約したこともあったが、すぐに止めてしまった。かといって、我が家からテレビを駆逐するわけでもない。何となくスイッチを入れ、ただボンヤリと眺めることがあるからだ。
 もうひとつ問題なのは、テレビの形状。あの薄型でサイズがやたら大きなモノをリビングルームに設置することは極力避けたい。パソコンで見るというのも手だが、ひとりさみしく画面に毒づくのも精神上よろしくない。結局また堂々巡りで、結論は先延ばし。再来年の7月が来ても、デジタル・チューナーを介したソニー・トリニトロン・カラーモニターにがんばってもらいながら、鮮明ではないアナログ画面を見続けることになるのだろうか。

「音のある休日」#12

November 18th, 2009

Scott 1 スコット・ブルックマン / ア・ソング・フォー・ミー、ア・ソング・フォー・ユー
 
 ツボを押さえたコード進行やつい口ずさみたくなるメロディーは、簡単にまねできる技ではない。例えばビートルズのポールもそうなのだが、天性とも言うべき音楽センスが関係しているとしか思えない。
 10年振りにセカンドアルバムを出したスコット・ブルックマンは46才のアメリカ人。一般的な知名度はゼロに等しいが、自宅録音ならではのフレッシュで暖かい作品に仕上がっている。自分自身とゆっくり対話しながら(時には、楽器が得意な友人を呼んで)音楽製作に打ち込む姿が目に浮かぶようだ。
 たとえヒットチャートには無縁だとしても、、好きな音楽をやり続けることは、うらやましい限り。それこそ、簡単に真似できることではない。(西日本新聞1115日朝刊)

「音のある休日」 #10

November 18th, 2009

Combo-1 クァンティック・アンド・ヒズ・コンボ・バルバロ / トラディション・イン・トランジション
 
 イギリスから南米コロンビアに移り住んだクァンティックことウィル・ホランドの音楽を、一言で表すのは難しい。 様々なラテン・リズムを核に、アフリカ、アラブ、インドなどの音楽をミックスし、ファンキーでサイケデリックに料理しているからだ。いずれの曲も、その「洗練されすぎなさ」が魅力のダンス・ミュ−ジックである。
 ワールド・ミュージックと呼ばれる音楽は、もちろん国家別に存在するのではない。もっとローカルな色合いを持つものだ。互いに影響を受けながら変化してゆく様子こそスリリングなのだ。他者を拒否するのではなく、おのおのが持っているリズムを面白がることは、音楽の世界では大昔から当たり前。ゴキゲンに悲しい熱帯のグルーヴだ。(西日本新聞1018日朝刊)

「何ぞテキトーな牛の絵ありまへんか」

November 12th, 2009

 『小早川家の秋』は、小津安二郎の映画の中では最後から数えて2番目の作品になる。様々な事情から、所属していた松竹ではなく、宝塚(東宝)で撮られている。そのためか、いつもとは違った気配がある。まずいつもの東京弁ではなく、関西弁、京都弁というだけで、なんだか勝手が違う。その上に、あの小津独特の抑制された様式美が、松竹以外の俳優の参加で少なからず攪乱されている。なにより中村雁治郎演じる老人の酔狂振りである。しかし、そこは歌舞伎役者、京都の粋を感じさせてくれるから楽しむことが出来る。問題は、映画冒頭と途中にだけ顔を出す森繁久彌のバタ臭い関西人振りである。鉄工所の社長である森繁が原節子演じる画廊勤めの未亡人に、「何ぞテキトーな牛の絵ありまへんか」と露骨に交際を迫るシーン。普段アートなどには無縁な町工場のオッサンのえげつない感じが出ていて、観る度にギョッとしてしまう。隣にいるのが加藤大介という、まるで「社長シリーズ」そのままの構図なのも皮肉だ。小津自身は達者すぎる役者はダメだったようで、ましてアドリブが得意という森繁久彌を自分の映画に出演させることにはかなりの抵抗感があったとのこと。でも、そんなことを承知の上で怪演技を披露するのは森繁ならではパフォーマンスだ。バーのカウンターで、あんなにつまらなさそうにピーナツを口に放り込む仕草は、もう誰にも真似できないだろう。

PENDLETON

November 10th, 2009

 
Rimg0017 冬が近くなるとチェックが着たくなる。ブラックウォッチや鮮やかなチェックもいいが、アメリカ中西部の農夫が着そうなボンヤリ柄のペンドルトン。できれば茶系アースカラーのユーズド、乾燥機でキュッと縮んだやつが欲しい。
 ペンドルトンといえばネイティブ・アメリカン風のブランケットも有名だけれど、アレッと思ったのは60年代にビーチ・ボーイズが着ていたってことだ。ストライプの半袖シャツがトレードマークだと思っていたのだが、CDを見ると、確かにサーフボード片手に全員がブルーのペンドルトン姿である。別名”ペンドルトンズ”とも呼ばれていたという話もあるくらいだが、企業タイアップだったのかもしれない。田舎っぽいシャツが、当時のカルチャーと一緒になって最新ファッションに変わったってことか。
 つい先日、街ですれ違った女性。白のペインターパンツにボーイズサイズのペンドルトン。思わず振り返りたいほどキュートだった。その後、organによく来ていただく小柄なお洒落さんも同じペンドルトンを着ていたことが判明。きっと、どこかのショップがサイズを今風にアレンジして別注で作ったにちがいない。あの大きなフラップ付きのポケットや、とんがった襟はまちがいない。
 それにしても、チェックというのは世界中に点在している柄。スコットランドはもちろん、アジアにも、アフリカにもある普遍的なモチーフのようである。時にはザズーやパンクスみたいにアンチな人たちのシンボルになってしまうところも面白い。難点はただひとつ、すぐに飽きてしまい、また別のチェックに目移りしてしまうところと、着るとやっぱり似合わないところか。それでも、夏にはやっぱりマドラス・チェックを探してしまう。結局、季節に関係なくチェックが好きなだけの話なのだ。