入道雲モクモク
July 14th, 2009
昨日に続き、親戚お二人と一緒に福岡観光。入道雲モクモク夏空の下、こんな機会でもなければ登らない福岡タワーからの眺めは案外ナイスだ。東にはアイランドタワーが遠く小さく見える。でも奥さんの情報では、向こうの方が20mくらい高いらしい。今、33階では田中さんがモデルルーム内装の仕上げをしているはず。「おーい、大丈夫か!」と叫びたいが、聞こえるわけがない。「お疲れ様」と、心で感謝。お昼時になったので、「因幡うどん」渡辺通店へ。ここのうどんは昔から親しんだ典型的な博多うどんで、コシのない麺にやさしい汁なのでお年寄りにもピッタリ。丸天うどんといなり寿司をペロリ。最近はシコシコ讃岐うどんばかりで久しぶりだったのだが、やはり旨いと再確認。うどん好きのOさんが次回来福したら、ぜひ連れて行こう。さて、大トリは太宰府。といっても、今日から始まった「阿修羅展」ではない。まずは都府楼跡の隣にある「観世音寺」で天平時代へ思いを馳せ、一路天満宮の裏へと向かう。目指すは「お石茶屋」の梅ヶ枝餅である。そういえば、Oサン夫妻と一緒に来たのはいつ頃だったか?その時も、半ば強引に連れてきたような気がする。戸外の気持ちの良い風に吹かれて、焼きたての餅と冷たいお茶を飲んだらすっかり良い気持ちになってしまい、あやうく本殿へのお参りを忘れるところだった。気分はすっかり夏休みなのだ。
咳
July 13th, 2009
この季節になると、博多の町は締め込み姿のヒトがソーツクようになる。「山笠」だ。それぞれ自分が属する「流れ」の紋が入った絣を着た若衆達が、那珂川を越え、福岡のストリートを闊歩することがある。そんな光景は結構目立ってしまうのだが、同時に「ああ、夏が来たんだ」と納得もする。祭りにはあまり関心がないのだけれど、奥さんの親戚が来てくれたこともあり、久しぶりに川端商店街を一緒にソーツキ、櫛田神社まで足を伸ばすことになった。キッチュな飾り山をいくつか見物し、古くからある帽子屋さんに立ち寄り、多分デッドストックだろうタータンチェックのポークパイハットを試したりしながら、少しずつ目標の場所に近づいていった。「中州ぜんざい」である。頭の中は「宇治ぜんざい」を食べることばかりを考えていたのだ。白玉が入り、宇治茶がかかった本物のかき氷は、ここでしか味わえない。半ば強引に誘ったわけで、お二人は「いらない」と言われる。仕方がないので2つ注文し、僕が1つで残り1つを3人でシェアすることになった。小さな店だし、表では待っている人もいる。早くも食べ終わった3人に悪いと、あせって食べたせいで、氷を食べた後特有の咳が出てしまった。そういえば、昔の夏休み、近所の駄菓子屋のところてんも酢を入れすぎると、咳が出ていたっけ。
Lucie Rie & Hans Coper “Conical Cup&Saucer”
July 11th, 2009
1955年前後にかけて、ルーシー・リーの工房アルビヨン・ミューズで作陶されたカップ&ソーサーは、美しい円錐形が特徴。
ハンス・コパーとコラボレーションした貴重な作品が入荷しました。
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スツール”Eiffle”の紹介
July 9th, 2009
ヨーロッパで開発された純正パルプと再生紙を主原料とした特殊紙でつくられた”Eiffle”は、藤城成貴によってデザインされた3本脚スツール。グローブ・トロッターのカバンを思わせるとても頑丈な素材で、ビスを使って簡単に、自分で組み立てられるところもナイス。プルーヴェが生きていたら、絶賛していたかもしれませんね。
最近おすすめのスツールです。
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パーカー・ポージー
July 9th, 2009
映画は冒頭が楽しみ。タイトルバックが始まった瞬間に勝負は決まってしまう。遅ればせながらDVDにて観た「ブロークン・イングリッシュ」は、出だしから大勝ちだった。鏡を前に、パーティーのために服を選ぶ仕草はウインゲイト・ペインの写真集「ミラー・オブ・ヴィーナス」から抜け出したかのよう。30代半ばの女性主人公はさわやかにメランコリックで、おまけにユーモラス。それなりのアヴァンチュールはあるものの、気がつけばいつも一人。本当の愛は、そう簡単には手に入らない。誰しも経験がある「konkatsu」のむなしさを誰よりも知っているのだ。監督のゾエ・カサベテスはジョン・カサベテスとジーナ・ローランズとの間に生まれた娘。両親の映画作りをじかに見て育ったわけで、回りの期待も大きかったでしょう。で、結果はOK。なにより女優の魅力が存分に引き出せていたと思う。着てた服も良かったし、音楽も悪くない、おまけにパリでゲンズブールの落書きだらけの家を訪ねるなんて小ネタも忘れないなど、痒いところに手が届きすぎだ。女優の名前はパーカー・ポージー。本名なのだろうか?ファニーだ。
ベイカーパンツ
July 8th, 2009
USアーミーのユーティリティ・パンツ、通称「ベイカーパンツ」を古着屋で見つけて、また買ってしまった。多分10本目くらいだろうか。といっても、初めて目にしたのは25年くらいも前だから、驚くほどの数ではないが、同じようなものをしつこく買ってしまう自分には少しあきれる。しかし、今回のは持っていないタイプ(脇にアジャスター付き)だったから仕方がない。ボタンの形が違うし、なによりコットン・サテンの風合いがクッタクタで、なんともいいパティーナ具合だったし、重みもある。肩凝り症で、おまけに椎間板ヘルニア持ちの身としては、重い服はいっさいオミットなのだが、こういう場合は別なのだ。高校生時分、はじめて買った古着のチノパンを見た母から「そんな菜っ葉ズボンを穿いて・・・」、といわれて以来、作業服に目覚めてしまった。今でも、外国に行って、ワークウェアを着こなした労働者を見るとつい嫉妬してしまう。でも、このパンツはもとはといえば米軍のもの。そういえば、持ってる10枚の中には血痕らしきものがうっすら残っているものもある。調べてみると、ベイカーパンツとは作業中に穿くものらしく、ということは非戦闘時に何か別のものが付着したと思いたいところなのだが、茶色に変色した跡はどうみても・・・。しかし、兵隊にとって、作業時っていつなのだろう。戦闘時とそうでない時の区別って本当にあるのだろうか。兵隊とは始終ワークタイムみたいなものではないのだろうか。何故そんなことを思ったかといえば、来月、ベトナムのホーチミンに行くことになったからだ。多分僕は、このベーカーパンツを穿いて南ベトナム陥落の地、旧サイゴンへ行くことになるだろう。
ポール・ケアホルムのPK-1
July 5th, 2009
一見すると子供用かと思ってしまうコンパクトなデザインが特徴のPK1。座ってみると、フラッグハリアー独特のユルイ座り心地がサイコーな一脚です。
このヒモ素材が生み出すシックでフォークロアな味は格別。部屋の片隅に置いても、しっくり馴染む小さな傑作が入荷しました。
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書籍「LA MAISON DE VERRE」
July 4th, 2009
1930年代、建築家ピエール・シャローによってつくられたモダン建築の代表作「ガラスの家」を一望できる書籍が入荷。サンジェルマン・デュプレの一画にあるアパルトマンを、一部くり抜いてしまうという大胆な方法で設計建築したこの医師の家(兼診療所)は、その斬新さが今も新鮮。プルーヴェやペリアンのデザインにも通じる、ラディカルでユニークな提案には、目が釘付けになります。
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ホンマ・タカシの「たのしい写真」
July 3rd, 2009
ホンマ・タカシの「たのしい写真」を読んだ。表紙タイトルの下に「よい子のための写真教室」というコピーがあって、平凡社とある。虫眼鏡を持つ手をレイアウトしたデザインと相まって、まるで古本屋でたまに見かける昔の教則本のようだ。内容の方も、写真の歴史から始まり、実践編へと、一見ありがちなハウツー本の体裁を取っているところが匂う。読んでみると案の定、すこぶる刺激的だった。まず冒頭で、「写真=真を写す」という日本語訳に異議を唱え、「photo=光、graph=描く」、つまり「光画」くらいの訳が妥当で、かなずしも「リアルさ」がマストではないと釘を刺す。その上で、絵画の代替として登場した写真が、ドキュメントやリアリズムを前提とした「決定的な瞬間」という時代に強い力を発揮し、その反動として「繰り返される凡庸な日常の光景」への転向を経てモダニズムを確立した、という説を述べている。その後はポストモダンの時代となり、「私的な物語」がテーマのひとつとなったというわけで、この流れはデザインの世界にも通じる仮説だと思う。結局、モダニズムの時代は「題材やテーマが大きかった」ということ。それが解体されて「小さな個人の物語」になったというわけ。つまり、写真にまつわる過度な思いこみを一旦括弧に入れてしまい、構造的に見てゆくという感じなのだろうか。おかげで、アラーキーや森山大道のことが少しわかったような気がした。ところで、後半、前述したビクトル・エリセの映画「マルメロの陽光」が「ドキュメンタリー=現実?」という項で紹介されていた。「時間が経過していること自体決定的で、もう二度と戻れない」という記述があり、「そうだよナー」と、ひとりごちる。