Archive for November, 2008
末永いおつきあい
先日、友人の結婚披露宴に招かれた。新郎は開店当初のお客さんで、その後家族同様の付き合いを続けさせてもらっているN君。彼にはホームページを作ってもらったり、海外に買い付けに行く折りに店の留守をお願いしたりと、とてもお世話になっている。そんなわけで、挨拶を頼まれたときも断る理由が見つからなかった。でも、実は随分以前、勤めていた会社の若いスタッフの披露宴に「歯が痛いから」などという子供だましな理由を付けて出席しなかった位、こういう席が苦手である。前日の夜は、さてどんな話が出来るだろうかと、あれこれ思案した。でも、妙案が見つからない。少しは知っているつもりでいたデザイナーとしてのN君の資質にしても、いざとなるとどうすれば伝えることが出来るのかと困ってしまい、観念して寝てしまった。当日、式直前になって司会者の人から「今日はよろしくお願いします」と釘を刺され、予感が的中した。仲人なしの場合、新郎側のご挨拶ということは、トップバッターなのである。実は、乾杯を終え、せめて一杯でもアルコールを流し込んだ後で臨みたかったのだが、万事休すである。指名されると、意を決して席を立つしかなかった。話している途中で自分の声がこまかく震えているのがわかった。普段は断定的な強弁を振るうくせに、これではまるで小学校の弁論大会だ。だが、このふるえ声を感極まった風に解釈してもらえればラッキーかもしれない。席へ戻り、新郎新婦の顔を覗いた時には、まるで、敵失でホームに生還したような気持ちだった。これに懲りず、二人には末永いおつきあいを願うしかない。
オキーフのお眼鏡
今回のアメリカでのハイライトは、サンタフェ郊外にあるジョージア・オキーフが住んでいた家を見学すること。だからこそ、1ヶ月前に日本からファックスで申し込みをし、アビキューにあるオキーフ邸のすぐ近くのホテルに泊まり、朝9時半のツアーに臨んだのだ。それは、期待を裏切らない素晴らしい体験だった。アメリカにおいて初めてヨーロッパのコンプレックスを脱し、独自の絵画世界を切り開いた女性画家は、絵画以外の点においても妥協を知らなかった人だったのだ。その審美眼は着る服や、食べるものにも現れている。白か黒のコットンのシャツやワンピースはちょっとアーツ&サイエンスみたいだし、庭で育てた野菜類はもちろんオーガニック。1930年代の暮らしとは思えないほどの先進ぶりには驚く他はない。そして住まい。ニューメキシコ独特のアドビ様式の廃墟を気に入り、10年をかけて改築したアトリエ兼住まいには、今でも彼女の精神が静かに息づいているかのよう。僕は、瞬間的に禅の世界を思い浮かべてしまった。悟りというより、美しいものだけを執拗に追い求めたという意味合いだけれど。そんな中で、キッチンは様々な食器や鍋類が棚に並び、とても興味深かった。その時、熱心に見ていたウチの奥さんが「見て見て、ルスカがある!」と小声ながら興奮した様子で僕の耳元でささやいた。確かに、アラビア社の”RUSKA”と呼ばれているテーブルウェア・シリーズのディナー・プレートが数枚スタックされているではないか。我が家でも頻繁に活躍するこの皿が、オキーフのお眼鏡にもかなっていたとは、なんという嬉しい偶然だろう。
ホールフーズ で夕食を
サンタフェでどこに泊まろうかと迷っていると、友人のOさんが「Sage Innはどうですか、隣がWhole Foodsですよ」と、知らせてくれた。以前LAに行ったときにSOURCEの杉山さんに連れていってもらい、その時は時間がなくてゆっくり見ることが出来なかったナチュラル系のスーパーマーケットが、サンタフェにもあるらしい。僕も興味があるが、ウチの奥さんが大のお気に入りということもあって、まよわずそのホテルに予約を入れた。レンタカーのGPSに誘導されて目指すホテルに近づくと、ありました、ほんとにすぐお隣。もちろん、チェックインもソコソコにいそいそと向かった。圧倒的な物量はモロにアメリカ的なのだが、なにしろディスプレイが素晴らしい。野菜のコーナーなんて、まるでイームズのピクニック・ポスターみたいにグライフィカルだ。値段は普通のスーパーに比べると高めだけれど、ワインのコーナーにはスタッフのレコメン・コメントがあったりするし、店内のあちらこちらで仕事をしている人たちがとてもフレンドリーで、”May I help you?”なんて声が自然に掛かるからイイ。もちろん、食品がメインだが、ナチュラルなコスメ類も充実していて、ついつい買いすぎてしまう始末だ。美味しいテイクアウトもあり、僕らはスープや総菜、サラダにパン、それにワインをを買い込み、レジ横にあるイート・インのテーブルで平らげてしまった。ふと見ると、小さな子供をふたり連れた若いお母さんがちょうど精算を終えたところだった。かなりの量の食品が、それぞれ違うネームが入った5つのトートバッグに収まっていた。店の紙袋を使わず、5つも手持ちを準備するとは、さすがエコに敏感な人が選ぶ店だなー、と恐れ入ってしまった。
アメリカは、まだまだ捨てたものじゃない
日本に戻ってきて1週間、ようやく時差ぼけが直った。オバマ新大統領誕生のおかげだ。きのうは、世界中が久しぶりにポジティブな気分になれた日だった。「アメリカは、まだまだ捨てたものじゃない」と、誰しもが思ったはずだ。でも、本番はこれから。彼が稀代の雄弁家なのか、それとも本当に実行力がある政治家なのかは未知数なのだから。ところで、僕はオバマ氏の経歴に興味を持っている。ケニア人の父と、白人の母との間にハワイで生まれたアフリカ系アメリカ人であり、青年時代をインドネシアでも過ごしている。ということは、少なからずアジア的空気にも触れたことがあるわけで、つまり、彼は初めての黒人大統領というアメリカ内での評価と別に、僕らアジア人にとっても少しだけシンパシーを持てるということなのかもしれない。宗教的には、父親はイスラム教で母親はキリスト教だったと思う。本名はバラク・フセイン・オバマであり、”フセイン”という元イラク大統領と同じミドル・ネームのために一時期中傷されたこともあったようだ。共和党側の選挙戦略とはいえ、これはいただけない。彼は人種的にも宗教的にもマルチカラードなわけで、それこそが今までにない新しい指導者の魅力なのだから。それに比べて、先ほど更迭された旧国交省大臣の「日本は単一民族発言」や、めでたく定年退職した旧防衛省幹部の「中国侵略否定説」はどうだろう。一部の日本の政治家の見事な時差ぼけぶりは、実際始末に負えないものがある。他者の存在を認めないことは、とても危険なことだと思う。
サンタフェへ
先月末、サンタフェへ行ってきました。
買い付けツアーをコラムにアップしました、ご覧下さい。
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店頭にも、トライブ感あふれる商品が入荷しています。ご来店をお待ちしています。
サンタフェへ行ってきました
先月末、アメリカはサンタフェへ行ってきました。1980年代末、「サンタフェ・スタイル」という本に出会って以来、いつかは行ってみたい場所だったからです。当時はインテリアが一般的に意識され始めた時期で、ご多分に漏れず僕も「フレンチ・スタイル」、「ロフト・スタイル」、「ハイテク・スタイル」などといった洋書を見てはため息をついていたもの。そんな中でも「サンタフェ・スタイル」は、都会を離れても洗練ということがあり得ることを教えてくれた初めての提案だったように思います。その後、画家ジョージア・オキーフに興味を持ち、彼女がその後半生を過ごしたサンタフェ郊外のアビキューにある家が見学可能だと聞くと、「もう行くしかない」状態になったのです。それにしても、遠かった。昼頃福岡を出て成田へ、そしてL.A.で乗り換え、17時間の時差を越えてアルバカーキに着いたのは同日の夜。レンタカーを借り、その夜はモーテルで1泊。次の日サンタフェへ向かいました。時差ぼけでフラフラしつつも、まずはアレキサンダー・ジラルドの「フォーク・アート・ミュージアム」へ。「カチナ」と呼ばれるネイティブ・アメリカンのものを始め、世界中の人形がコレクションされています。ジラルドといえば、イームズにメキシカン・アートの面白さを伝授した人。ここニューメキシコ州は、その名の通りメキシコ領だったところ。アメリカといっても文化的にはネイティブ・アメリカン、ラテン、そして白人と、3つの文化が複雑に混在した場所なのです。

そうそう、ここサンタフェにはジラルドが手がけたレストランもあります。といわけで、そのレストラン「コンパウンド」へ昼食を食べに行きました。店内は白い漆喰壁で、あちらこちらにジラルドの作品が配されていてとてもシック。もちろん、味も文句なしでした。食べ物と言えば、Whole Foodsというオーガニックなスーパーマーケットもサイコーでした。おかげで美味しいデリをテイクアウトして、モーテルで持ち込み夕食が楽しめました。明けて3日目はオキーフ・ミュージアムへ。初期のドローイングや水彩画も素晴らしかったけど、彼女の生き方自体に惹かれる身としては、動くオキーフの姿が初めてビデオで見れたのが嬉しかった。声は低めで早口なその語り口は、ストイックな彼女のイメージ通り。そして翌日は念願の自宅見学。その息をのむほどの静謐な世界にすっかり圧倒されてしまいました。写真撮影は禁止のため、一切は脳裏に焼き付けるしかなかったわけで、それがかえって良かったのかも。アドビの土壁にサーリネンやイームズの椅子が置かれた様は、まるで民芸+モダニズムにも通じる理想の空間でした。

サンタフェ周辺には見所がたくさんあり、残り2日間はかけ足でそのいくつかを駆けめぐりました。まずは、ゴーストランチという場所にあるオキーフのアトリエ跡。風化した荒々しい山や崖の風景はまるで西部劇そのまま。馬に乗ったジョン・ウェインが今にも現れそうで、おもわずテンガロン・ハットを買ってしまいました。タオスという町にあるネイティブ・アメリカンの古い住居跡にはつい長居をしました。いくつかのショップを覗いては美しいターコイスや銀のアクセサリーを購入したからです。小さな店の中はシダー(ヒノキ科)の束を燃やした香りがまるで線香のように漂い、なんだかスピリチュアル。親戚の叔父さんみたいな顔をした店主の笑顔が今でも忘れられません。最後は大好きなチマヨ・ベストを求めて山間の小さな村へ。あいにくレンタカーのGPSがうまく作動せず、小道で迷っている時、ポツンとたたずむ農家がありました。ふと見ると、入り口にはバラク・オバマを支持するサインがかかっていました。そう、アメリカは大統領選まっただ中だったのです。変革を求める声はこんなところにも在るのだ、となんだか頼もしくなりました。肝心の織物店「オルテガ」、「センティネラ」はそのすぐ近くでした。大きな織機でガタン、ゴトンと仕事をしていたアーヴィングさんは日本の絣(かすり)が大好きとのこと。一度、ぜひ日本へ行きたいと仰っていました。
昔、”あきれたぼういず”という漫談トリオが、「地球の上に朝がくりゃ、その裏側は夜だろうー・・・」と唄っていました。アメリカをはるか上空から見ていると、なぜかこの唄を思い出します。まるで人跡未踏のように見える荒涼とした大地は、地球が惑星であることを思い出させてくれるようです。でも、いったん地上に舞い降りると、そこには様々な人々が違った文化を抱えて今日も生きています。これからも、様々な問題を抱えながら歩み続けるこの国への興味は尽きそうにありません。

organには、ナバホのターコイスや銀のアクセサリー、チマヨの織物など、トライブ感あふれる商品が入荷しています。ご来店をお待ちしています。
Kate Spadeのディスプレイ
今現在、日本時間11月5日午前8時過ぎである。あと2,3時間もすればアメリカの新しい大統領が選出されているはず。事前の予想ではバラク・オバマ氏が優勢だといわれ続けているし、実際、今回のアメリカ滞在中、ニューメキシコの片田舎でさえも、あちこちでオバマ支持のステッカーを見かけたものだ。しかし、ふたを開けるまではわからないのが選挙だ。それにしても、変革を求める声は、企業の宣伝にまで及んでいることに驚いた。サンフランシスコのユニオンスクェアにあるKate Spadeの店の前を歩いていて、巨大な選挙用のバッジを模したウインドウ・ディスプレイに出会った。”take a chance”,”BREATHE FRESH AIR”など比較的穏健な言葉から、”FREEDOM TO USA”、”ASK questions”とあり、果ては”break the rules”ときた。ついさっき見たGAPのショウウインドウにも同じようなバッジのディスプレイがあったが、そちらは単に”VOTE!”と、投票への参加を呼びかけた穏健なものだったが、こちらは違う。明らかにオバマ候補への支持を訴えているのだ。以前、ニューヨークのJack Spadeを初めて訪れた際、そのパーソナルな店内ディスプレイ振りに唸ってしまったことがある僕は、この時も思わず拍手を送りたくなり、調子に乗って店内にはいってしまい、思わず旅行用の小型ボストンバッグを買ってしまった。日本の場合、そんな宣伝方法を採る 企業は見あたらない。広い意味での個人的な政治意識を、商品を買う際の選択肢に反映させることは、リアル感があっておもしろいことだと思う。成熟した資本主義を目指す日本にも、そろそろそんな企業が現れてもいい。もちろん、その前に僕ら個人が、もっと政治に関心を持つことが前提にはなるだろうけれど。
時空を越えたおいしさ
早朝、果てしもなく広がるニューメキシコの荒野から、坂だらけの街サンフランシスコに着いた僕らを迎えたのは濃い霧だった。ボンヤリした頭の中でトニー・ベネットの「霧のサンフランシスコ」が響いていた。特に好きな曲でもないのに。きっと、アメリカに来ていっこうに収まらない時差ぼけのせいだ。それでも、中華街のゲート近くのホテルでチェックインを済ますと、疲れたといってベッドで仮眠を取る奥さんを残し、一人で街へ出てしまった。じっとしていられない性分は、どこにいても変わらない。友人から教わった中華料理店へでも行ってみようと思う。果たして腹が減っているのかどうか判然とはしないのだが、朝がゆなら大丈夫かもしれない。まだ閑散とした中華街を北へ抜け、ブロードウェイを左に曲がると、その食堂があった。入り口向かって右はオープンキッチンになっていて、さかんに湯気が立ち登っている。9時前だというのに、店内はけっこうな数の人である。メニューにざっと目を通し、10種類くらいはあるかゆの中からダック入りを注文する。回りを見渡すと、半分以上の人が、やはりかゆを食べている。それと一緒に、ヌルッとした白い衣を巻き付けたバゲットのようなものを食べている人もいるようだ。「何なんだろう?」、と興味はあるが、いかんせん一人。見たところかゆはボウルすり切れ一杯もありそうだ。ちゃんと食べおおせるかさえおぼつかない。待つことものの5分くらい、かゆがテーブルに届いた。一口目を口にした瞬間、やはり、無理しても奥さんを連れてくるべきだったと思った。これは、まるで”時空を越えたおいしさ”だ!なんだか疲れが一挙に吹っ飛ぶようである。八角の香りただようダックの肉片もタップリで、時々混ざるピーナッツの香ばしさもうれしい。気がつくと、大半を食べ終えている。額がうっすらと汗ばみ、体がホカホカとしている。結局、滞在4日間の間に、都合3回も通ってしまった。もちろん、謎の物体にも挑戦。揚げパンを薄い米片で包んだものを、酢醤油で食するというもので、テイクアウトでも人気らしかった。店を出ると、霧は消えて、ストリートの遠く向こうにベイ・ブリッジが蜃気楼のように見えていた。




