2026, July

ドイツの大掴み、その2

ひょん | デザイン・建築 旅 社会科
DATEJul 12. 26


ドイツ中部のテューリンゲン州に位置するアイゼナハでバッハの音楽が古典としてだけではなく、現代のポップスにも通じるグルーヴを持っていることに開眼した後、ついに本丸のヴァイマールへと列車で向かった。季節がらか、車窓を通して黄色いレンゲ畑が次々に現れては消えてゆく景色の背後には森が延々と続いている。その森は、なんだかゲルマン人の隠れ家のようだった。

西ヨーロッパを大雑把に南北ふたつの民族に分けると、南のラテン系と北のゲルマン系だろう。明るい地中海沿岸に対する冷たいバルト海沿岸といったところだ。それは、文化や暮らし向きに影響を与えたに違いない。例えると、アントニ・ガウディとフリードリヒ・ニーチェの違いと言ってもいい。「建築を通して”神に仕えた”」ガウディと、「神を信じるという”不気味な真理”から、われわれを守ってくれるのは”芸術だ”」と言い放ったニーチェ。どっちが正解かはさて置き、その後ニーチェの言葉は同じドイツ人であるヨーゼフ・ボイスの「すべての人間は芸術家である」へと拡張定義されることになるのかなあ。とまあ、そんなことを思っていたら、列車はヴァイマールへ着いてしまった。

ヴァイマールは詩人ゲーテが長く滞在したことでも知られています。18世紀、旧弊なローマ・カソリックの衰退や、また絶対王政の中央集権化の中で、「近代」への移行期を「疾風怒濤」のように駆け抜けた人であります。といっても、僕はゲーテの詩はあまりピンときませんでした。ただ『ゲーテとの対話』という本をサクッと飛ばし読みしただけですが気に入った箇所があります。正確ではないけれどこんな感じです。
人間は、一人一人が自分を特殊な存在に作り上げなければならないのだ。
しかし、一方では、みんなが一緒になれば、何ができるかを考えるように
努力しなければならない。
恐れずに進め。私たちは自分の進む道でしか、本当に学ぶことはできない。

との言葉が残っているように、ゲーテは個人の感情、直感、情熱をちゃんと肯定した「反骨の人」でもありました。そんな土地柄もあってか、ゲルマン人は君主制を廃止や国民主権や労働者の団結権などを宣言する「世界で初めて」のヴァイマール憲法を制定したわけです。人口5万人ほどの美しいヴァイマールの街並みや広大な森には、間違いなくそんな理想郷の気配が漂っています。

と言っても、ヴァイマールへ行った一番の目的は”バウハウス”というとんでもなくぶっ飛んだ芸術大学が最初に生まれたところだからです。デザインや建築好きの方はご存知のように、バウハウスからは様々な分野のスターがたくさん誕生し、その影響はその後の「モダンデザイン」に強い影響を与えました。でもでも、バウハウスの特異さはそれだけではなかったのです。

バウハウスでは、教える側と学ぶ側に加えて職人が同等に協働して製作する共同体を目指したのです。しかも教える側にではなく、学ぶ側の優位性を目指しました。そのため学生は自発的に学びを重ね、例えばマルセル・ブロイヤーやヴィルヘルム・ヴァーゲンフェルドなど在学中からプロダクト・デザイナーになったり、マイスターとして教える側になる学生が現れました。バウハウスは「試行錯誤を実験する場」として機能したのです。もう一つ、エピソードがあります。女性の入学希望者が、学長であるウォルター・グロピウスの予想を遥かに超えたことです。当時大学への入学が難しかった女性へ門戸を開いたわけですが、全員がショートカットで、それぞれがとても斬新なおしゃれをしていました。最初はファブリックの科目への入学しか許されていませんでしたが、その後様々な分野で、どうかすると、マリアンネ・ブラントのように、男性顔負けの活発な行動を見せていました。

話は急展開しますが、今現在の日本国では「皇室典範」の変更が取り沙汰されています。ポイントの一つは「女系天皇」はアリやナシやです。それに対して高市総理は「男系天皇」に固執する。僕を含めて国民の大多数は過去の歴史上、日本国に女系天皇がいたことを知っているしそれを望んでもいます。それを知りつつ、この日本初の女性総理にしてこの態度、おかしい。