murmur

こんなラジオ局があってもいい

October 5th, 2008

41K2749Tp1L-1 SOURCEの杉山さんのブログを見ていたら、面白そうなネット・ラジオが紹介されていた。なんでも、LAはサンタモニカから発信しているパブリックFMらしく、KCRWという。早速ログインしてみると、いかにもアーバンな感じのDJ諸氏の写真とプログラムがズラリ。そのなかでも、一番オルタナ顔をした男のプログラムを開くと、イナラ・ジョージ&ヴァン・ダイク・パークスの名前が。しかも、ライブとある。押っ取り刀でクリックすると、スタジオ・ライブではないか。多分出たばかりの新作からの曲なのだろう。イナラ嬢の素直な唄いっぷりがとても気持ちいい。ピアノを弾くオーヴァーオール姿のヴァン・ダイクは今やまん丸体型。「ソング・サイクル」の頃の彼とは隔世の感があるのは仕方がない。途中のインタヴューでは、早口でジョークを飛ばしていたけど、残念ながら僕の英語力ではほとんど理解できなかった。なんだかすっかり得をした気分で違うDJをクリックすると、聞き覚えがある曲が流れてきた。好きだった80年代のグループなのだけれど・・・。トーキング・ヘッズをイギリス流にポップにした音と、センチメンタルなメロディ・・・、あっ、ブルー・ナイルだ!良かった、思い出せて。ヴォーカルはポ−ル・ブキャナンっていったっけ。たしかグラスゴー出身で、ニューウェイブの末期にデビューして”HATS”というアルバムが評価高かったなー。多分この曲もそのアルバムからだ。しばし、懐かしさと、いま聞く意外な新鮮さに耳を奪われていると、次の曲がかかる。うわ、コクトー・ツインズだ!!やっぱり、エリザベスの声って唯一無二だなー、あとでレコード引っ張り出そう、などと思っていたら、続いて当のデヴィッド・バーンの歌声が。ただし、新曲らしく憶えがない。それにしても、ラジオで興奮したのは久しぶりだ。多分、初めて行ったパリでRadio Novaに出会って以来だろう。プログラムをよく見ると”Sounds Eclectic”とある。Eclecticとは、(学問や芸術上)「取捨選択された、編集された、折衷主義の、多方面にわたる」などの意味を持つ言葉らしい。ちょっとスノッブだけれど、こんなラジオ局があってもいい。

ホッピーさえ飲まなかったら

September 30th, 2008

 
Rimg0166-1 先日の東京出張でビオワインの洗礼を受けてしまった。場所は友人のOさん夫妻と夕飯を食べる約束の「ル・キャバレ」。代々木八幡から歩いて10分ほどの所にある。JR新宿駅で小田急線に乗り換えようとしたとき、このまま電車に乗ると約束より早く着いてしまうことに気付き、どこかで少し時間をつぶそうと西口へ出た。学生時代、青梅街道沿いの中古レコード屋によく通ったなあ、と思いながらも足が自然にガード沿いの方向へ向かい、あっという間に「ションベン横町」の飲み屋街にいた。そういえば、昔たまに来たことがある。バンドの練習を終え、一杯やりつつ音楽談義をするには格好の場所だった。特に金欠の身の上にはありがたかった。今では「思い出横町」などと名を変えた界隈だが、昔通りサラリーマンやおじさん達の天国であることに変わりはない。座って、とりあえずホッピーを頼む。アテは赤貝のひも。なにせ時間があまりない。それにしても、ホッピーというのは何の味もしないのに結構酔ってしまう不思議な飲み物だ。ふと表を見ると、ドアの向こうの雑踏を画家のYABUさんらしき人が通り過ぎたような気がする。まさか、こんな所を歩いているはずはない。ホッピーがもたらす幻覚なのだろうか。早々に店を出て、約束の店へ向かう。この分では少し遅刻だ。ところが、ありがたいことにOさん夫妻は僕らを待っていてくれた。早速ワインにする。まずは、冷えたロゼということになる。ビオらしいシンプルなラベルである。微発砲ですこぶる旨い。鳥レバーのリエットも唸るほど旨い。会話が弾み、ワインも進み、結局4本ほど空けたようだ。こんなに愉快な時を過ごしたのは、本当に久しぶりのこと。あまりの愉快さに、料理のほうは何を食べたかいまひとつ判然としないが、クスクスや、野菜系が多く、どれもビオワインに良く合うあっさり目の味付けがなされていた。それにしても、あの味気ないホッピーさえ飲まなかったら、もう一本は確実に空けていたのに、と思わずにはいられなかった。

「ダージリン急行」

September 23rd, 2008

ダージリン急行-1 「ダージリン急行」をDVDにて鑑賞する。インドが舞台なのにのっけからキンクスがかかるし、列車のコンパートメントのシーンは、なんだか「ハード・デイズ・ナイト」みたい。で、いかれた3人がインドにヒーリングを求める旅と来たから、こりゃやっぱりビートルズだ!と勝手に一人合点する。スラップスティックでナンセンスなギャグ満載なところも近し。いわば、「マジカル・ミステリー・ツアー」の成功ヴァージョンか。列車のセットや、マーク・ジェイコブスがデザインしたヴィトンの旅行カバンなど、細部へのこだわりが並ではない。監督のウェス・アンダーソン、てっきりイギリス人かと思いきや、テキサス大学哲学科出身。やはり、アメリカにはヘンテコな人がいる。ついでに、もう少し妄想をたくましくしてみると、ビートルズにしては、一人足りないことに気がつく。誰が不在なのかと考えてみる。おせっかいな長兄はポールだろう。ナイーブな次男はジョージで、やんちゃな三男はリンゴか。ということは、ジョンがいない。ここからは、ほとんど悪のりなのだが、突然死んでしまったオヤジさんがジョンで、残されてヒマラヤの修道院にいる母がヨーコというのはどうだろう。秋の夜長には、こんなターン・オンしたムーヴィーがピッタリだ。おかげでその夜はサイケな夢をタップリ見させてもらった。

椎名其二の評伝「パリに死す」

September 20th, 2008

Rimg0233 椎名其二の評伝「パリに死す」(蜷川謙著)を読んでみた。時代がかったタイトルが示すように、明治、大正、昭和をリベラリストとして生きた足跡はまるでいにしえのロード・ムービーのようだ。1908年、初めてアメリカに渡った彼は、ソローの「森の生活」に心を動かされ、実際に荒れ地で農業をやったりしている。そういえば、ショーン・ペンの新しい映画「Into The Wild」もソロー的な世界を描いているらしい。ソローといえば、大学の教材として読まされ、勝手に「世捨て人」みたいなイメージを持っていた。乱暴に言えば、元祖ヒッピーみたいな人なのだろう。一時もてはやされた「ロハス」なんてのも、ソローの影響なのかもしれない。「虚飾を捨てた小さな暮らし」を求める思想は今こそ有効なのか。しかし、実際の椎名は農業に挫折し、ロマン・ロランへの憧れもありフランスへ渡っている。第一次世界大戦や、ロシア革命が起こった頃で、大正デモクラシーの日本では白樺派の活動が起こっている。白樺派といえば、武者小路実篤の暖簾が実家の台所にかかっていたくらいの認識しかないが、実は柳宗悦もメンバーだったということに最近気がついたばかり。それはさておき、椎名はその後パリでの生活を経て、一時帰国するが再来仏、第二次大戦中は敵性国人として収容所暮らしを経験するもレジスタンス活動で対ナチス運動に関わる。その後、貧しい中でもアナキストとしての自説を曲げず、1962年、75才パリで客死している。とまあ、そこかしこに興味が尽きない内容がいっぱい。それにしても、このところ刺激的な先人達の足跡がやけに気になっている。そこには、与えられた持ち時間いっぱいを使って、今につながっている問題を捨て身で提起した人々が確実に存在しているからだ。

「セルフィッシュ」

September 18th, 2008

 
Rimg0174 新聞に連載されていた野見山暁治の聞き書きシリーズがとうとう終わった。おかげで、朝の楽しみがなくなった、と思った矢先「セルフィッシュ」という本を手に入れた。野見山暁治の絵に田中小実昌が文章を添えたものである。先月、ROVAで來福した小柳帝さんといつものようにアレコレ話をしていて、ふと野見山の話をした際に勧められたものだ。1990年に限定2500冊出版されたが、初出は読売新聞夕刊の連載だったらしい。ヨミウリも捨てたものではない、ということか。内容は、野見山のドローイングに、所々コミさんの短い文章が入るというもの。描きなぐったような絵と刹那的な言葉のスピード感が凄い。なかでも「お前が死んでいなくなっても、毎日毎日、きょうは昨日になっていく、と。」というフレーズにしびれる。来月は、コミさんも好きだったサンフランシスコへ行くのだ。彼が、当てもなく終日バスに乗っていたという街は一体どんな街なのだろう。

居酒屋「シンスケ」

September 11th, 2008

 今回の東京で楽しみにしていたのは、友人の編集者Oさんとのランデブー。時々福岡に遊びに来てくれるOさんご夫妻だが、考えてみると、東京でご飯を一緒するのは初めて。おいしいものに目がないOさんのこと、期待するなというほうが無理な話である。まずは湯島にある居酒屋「シンスケ」に向かった。大正時代から続いた江戸下町の情緒を残す名店らしく、開店直後に満席になることも多いという。縄のれんをくぐって店にはいると、一番奥の席でOさんはお銚子を傾けていた。予約は出来ないということで、開店前から並んでいてくれたのである。お礼を述べる間もなく「お酒にしますか?ここは両関だけですが、本醸造は辛口、純米はちょっと甘口です」と来た。見ると、テーブルの上には小ナスの淺漬けに芥子が添えられた小鉢が鎮座している。矢も楯もたまらず、ぬる燗を頼み、箸を付ける。
Rimg0116-2 「旨い」としかいいようがない。ナスの甘みと芥子の辛みが混然となって、口が自然に酒を要求する。その後は、Oさんオススメの品々に舌鼓を打ちながら、先日彼が訪れたサンタフェの話に耳を傾ける。以前から一度は行ってみたかった場所が、彼の言葉を通して俄然現実味を帯びてくる。10月、冬の季節が訪れる前ならジョージア・オキーフの家が見学できるかもしれない。イカズバナルマイ。最後にあきらめかけていたチーズの揚巻を運良くいただくと、Oさんは会社に戻るという。これからひと仕事らしい。「飲んで戻ってもだいじょうぶなんですか?」と野暮な事を聞いてしまうと、「赤い顔して戻るので、ばれてます」という返事。こざっぱりしたカウンターで、夕暮れ時ひとりちびちびやるOさんが目に浮かぶようだ。ああ、うらやましい。

オーダーの醍醐味

September 10th, 2008

 
Rimg0132-2 展示会の合間をぬって、千駄木、谷中へ行った。漱石、鴎外など、文人の旧居跡なども訪れたいが、時間がない。なにせ、現場をエスケープしてきた身である。最近人気の界隈らしく、さぞ人が多いだろうと思って出かけたのだが、平日のせいか「へび道」と呼ばれる細い路地は人通りもまばら。急ぎ、お目当ての”Classico”へと向かう。店主である高橋さんとは昨日会場で会ったばかり。なんだか初対面とは思えないようなうち解け感に、ぜひ店に伺ってみたくなった。品揃えはオーガニックな素材のウェアを中心に、日々を楽しく暮らせそうな雑貨、そして陶器類がバランス良くディスプレーされている。BGMはライ・クーダー。やば、居心地が良い上に好きなものがあちらこちらに在る。特にデルフト、李朝、沖縄と揃った焼き物に触手が動きそうになる。ウチの奥さんは、瀬戸の「馬の目」皿に初めて出会い、その文様にクラクラしているようである。しかし、先を急ぐタビニンとしてここはとりあえず肌さわり抜群のTシャツにレジメンタルのリング・ベルト、奥さんはレインボーのサンダルと白磁のコップということで一件落着。再訪を期して、次なる目的地「nakamura」へ向かう。歩いて3分くらいで看板を発見、階段を駆け上がりドアを開け、早速サイズを測ってもらう。なにしろ、自分の靴をオーダー・メイドするのは初めて。もう、2人とも買う気満々なのだ。スリッポンが欲しかったのだが、かかとが浅くて脱げそうなのであきらめ、普通の紐靴に決める。素材は黒ヌバックのオイル仕上げ。ソールもヒールも低いが、ゲンズブールが履いていたレペットよりも実用的で歩きやすそうだ。つま先がアッパーに当たる旨を伝えると、その部分の革を伸ばすように指示しますとのこと。オーダーの醍醐味だ。届くのは来年の1月。それも醍醐味か。

東京中のロールアップ派

September 9th, 2008

 
Rimg0152 ”For Stockists”という名前の展示会に参加するようになったきっかけは、大阪のdieciご夫婦からのお誘いだった。存在は知っていたが、業者間の商談の場ということで、卸しをやっていない僕の店には無縁だと思っていた。ところが、改装したマンションを見た2人は「土足対応プランそのもので出店してみれば?」と言ってくれた。その後、改装に際して作ったいつくかのプロダクトをを見たPlay Mountainの郷古さんから「organは、もっとオリジナルを作るべきです」とのエールをもらった。そんなこともあり、ENOUGHの仲間と一緒に参加を決め、あたふたと準備をしたわけである。プロダクトを追加したり、リーフレットを作ったりと、忙しくも楽しい準備期間はあっという間に過ぎ、先日なんとか無事にイヴェントを終えることが出来た。会場となった池袋の「自由学園 明日館」はフランク・ロイド・ライト設計。その講堂で行われた3日間は、様々な業種の参加者と買付に訪れた人達との熱心な商談の場であることはもちろんだが、なにかもっと特別な雰囲気だったように思う。もちろん、よく知っている店の新商品を見たり、久しぶりの再会で近況を報告し合うという親密さがあることは確かだ。でも、初めて会ったり、紹介されたりといったことも多い。しかし、どちらの場合にしても、なんだかみんなひとなつっこい。服装も気張らないお洒落さんばかりだ。あとで野見山さんとも確認し合ったのだけれど、パンツをはいている人は男女を問わず、ロールアップしていたような気がする。ジーンズをひと曲げの人もいるし、軍パンをくるぶしまで上げている人もいる。ひょっとすると、東京中のロールアップ派が集まったのかもしれない。

Patina

August 31st, 2008

 使い込まれたものに生まれるつや、時が恵んだ変色や風格なんかのことを英語で[Patina]と呼びます。
ふと気づけば自分がこれまでめぐりあってきたものの多くがこの[Patina]を持っていて、これからもいっとき、私(『嫁』です)のその嗜好は変わらない気がします。そしてどうやら「住居」に対してもそれは同じで、すこしづつ手に入れた中古家具や道具類がうまく溶け込むだろうとイメージできる、時を経た住居空間と風景を見つけた時の喜びといったら、この上ありません。

Rimg0460 この春出会ってリ・モデルを手がけた”ENOUGH”プロジェクトのマンション#602も、当初からもちろん[Patina]たっぷりでした。そして、友人達と改装していく中で、残したい[Patina]はそのままに、また、これからもほどよい[Patina]を持っていくように、と考えられてでき上がりました。例えば、古い躯体の壁と天井はそのまま剥き出し、「隠す」「覆う」という類いの改装方法はとっていません、そこにあった過去の痕跡がとてもユニークで、これからの自分たちのライフスタイルと調和する予感がしたのです。今後は、これからの痕跡がさらに上書きされることでよりマイルドな空間になっていくことを想像しています。
 建物自体の新旧を問わずありのままの姿を持った住居は潔いもので、そこでの生活は思いのほかリラックスできたりもします。
 「リセット」や「アンチエイジング」という言葉があたりまえのように使われる現在ですが、過去と未来の[Patina]を秘めた住居といっしょに、自分自身も経年変化していくことを恐れずに楽しみたいものです。いつか、自分自身にも[Patina]が出てくることを夢見て。

 9月3日から東京で開催される FOR STOCKISTS EXHIBITION では、そんな空間の為に考えた”ENOUGH”なプロダクトも紹介する予定で、後日、その新しいプロダクトをホームページでも案内していきますのでお楽しみに。t.t.

老人時代へ向けた学習

August 24th, 2008

 
Rimg0009-3 最近、たまに早起きして新聞を読むようになった。さほど得もないが、それ相応の年になったというわけで、仕方がないことだろう。我が家は親の代からずっと西日本新聞である。全国紙に変えようかと思ったこともあるが、朝日にしろ、毎日にしろ、日本の新聞というものは論調にさほど変わりがないし、読売の右路線は苦手なので、結局そのままである。それに、やはり地方のことは地方紙がくわしい。朝刊に「聞き書きシリーズ」という連載があって、これなどはやはり地方紙らしいページだ。といっても、地元の財界人などの苦労話などが多いのだが、今連載されているのは違っている。筑豊出身の画家、野見山暁治の「あとの祭り」というものである。田中小美昌の本で彼を知った僕は、絵のファンとは言えないだろう。でも、彼が書く文章は好きだ。といっても「四百字のデッサン」しか読んでいないのだけれど、その中に出てくる椎名其二という人がとても興味深いのだ。大正時代にアメリカを経てフランスに渡り、清貧のままパリで生涯を終えたアナーキストである。製本業をナリワイとしていたが、たまに好きな本の装丁を頼まれると、パリ中を歩きまわって気に入った色の革を探し回って、約束の日までにはなかなか出来上がるということがなかったらしい。小さな写真に映った椎名さんは、長身痩躯でダンディ、かなり異形の人である。8月5日付けの記事を、一部引用してみる。「椎名其二さんをひと言で説明するのは難しい。二度の世界大戦をパリで過ごし、ぼくが訪ねた当時は製本を生業としていた。筋金入りの無政府主義者かと思うと、お金はないのに美食家。見事な洞察力と身勝手さが共存する、不思議な老人だった。アパルトマンの半地下にある職場兼自宅は、国籍も職業も異なる人たちのサロンで、ぼくはそこで、森有正さんとか、いろんな人に出会った」とある。「パリに死す—評伝・椎名其二」という本もあるらしく、近いうちに手に入れなければいけない。来るべき老人時代へ向けた学習の始まりだ。