Patina
August 31st, 2008
使い込まれたものに生まれるつや、時が恵んだ変色や風格なんかのことを英語で[Patina]と呼びます。
ふと気づけば自分がこれまでめぐりあってきたものの多くがこの[Patina]を持っていて、これからもいっとき、私(『嫁』です)のその嗜好は変わらない気がします。そしてどうやら「住居」に対してもそれは同じで、すこしづつ手に入れた中古家具や道具類がうまく溶け込むだろうとイメージできる、時を経た住居空間と風景を見つけた時の喜びといったら、この上ありません。
この春出会ってリ・モデルを手がけた”ENOUGH”プロジェクトのマンション#602も、当初からもちろん[Patina]たっぷりでした。そして、友人達と改装していく中で、残したい[Patina]はそのままに、また、これからもほどよい[Patina]を持っていくように、と考えられてでき上がりました。例えば、古い躯体の壁と天井はそのまま剥き出し、「隠す」「覆う」という類いの改装方法はとっていません、そこにあった過去の痕跡がとてもユニークで、これからの自分たちのライフスタイルと調和する予感がしたのです。今後は、これからの痕跡がさらに上書きされることでよりマイルドな空間になっていくことを想像しています。
建物自体の新旧を問わずありのままの姿を持った住居は潔いもので、そこでの生活は思いのほかリラックスできたりもします。
「リセット」や「アンチエイジング」という言葉があたりまえのように使われる現在ですが、過去と未来の[Patina]を秘めた住居といっしょに、自分自身も経年変化していくことを恐れずに楽しみたいものです。いつか、自分自身にも[Patina]が出てくることを夢見て。
9月3日から東京で開催される FOR STOCKISTS EXHIBITION では、そんな空間の為に考えた”ENOUGH”なプロダクトも紹介する予定で、後日、その新しいプロダクトをホームページでも案内していきますのでお楽しみに。t.t.
老人時代へ向けた学習
August 24th, 2008
最近、たまに早起きして新聞を読むようになった。さほど得もないが、それ相応の年になったというわけで、仕方がないことだろう。我が家は親の代からずっと西日本新聞である。全国紙に変えようかと思ったこともあるが、朝日にしろ、毎日にしろ、日本の新聞というものは論調にさほど変わりがないし、読売の右路線は苦手なので、結局そのままである。それに、やはり地方のことは地方紙がくわしい。朝刊に「聞き書きシリーズ」という連載があって、これなどはやはり地方紙らしいページだ。といっても、地元の財界人などの苦労話などが多いのだが、今連載されているのは違っている。筑豊出身の画家、野見山暁治の「あとの祭り」というものである。田中小美昌の本で彼を知った僕は、絵のファンとは言えないだろう。でも、彼が書く文章は好きだ。といっても「四百字のデッサン」しか読んでいないのだけれど、その中に出てくる椎名其二という人がとても興味深いのだ。大正時代にアメリカを経てフランスに渡り、清貧のままパリで生涯を終えたアナーキストである。製本業をナリワイとしていたが、たまに好きな本の装丁を頼まれると、パリ中を歩きまわって気に入った色の革を探し回って、約束の日までにはなかなか出来上がるということがなかったらしい。小さな写真に映った椎名さんは、長身痩躯でダンディ、かなり異形の人である。8月5日付けの記事を、一部引用してみる。「椎名其二さんをひと言で説明するのは難しい。二度の世界大戦をパリで過ごし、ぼくが訪ねた当時は製本を生業としていた。筋金入りの無政府主義者かと思うと、お金はないのに美食家。見事な洞察力と身勝手さが共存する、不思議な老人だった。アパルトマンの半地下にある職場兼自宅は、国籍も職業も異なる人たちのサロンで、ぼくはそこで、森有正さんとか、いろんな人に出会った」とある。「パリに死す—評伝・椎名其二」という本もあるらしく、近いうちに手に入れなければいけない。来るべき老人時代へ向けた学習の始まりだ。
MIA DOI TODD
August 14th, 2008
近くの本屋でかいま見たカルチャー誌は「チルアウト」特集。その中のCDが気になり購入。L.A.に住む日系ハーフの女性SS&Wのアルバムである。立ち読みついでのうろ覚えで、名前とアルバム・タイトルが逆だったらしい。レコード店で調べてもらい、タイトルだと勝手に思いこんでいた”MIA DOI TODD”がアーティスト名だとわかった。スリーブの絵に描かれている長い髪の女性が本人なのだろうか、まっすぐにこちらを見る目は強く、同時にとても悲しい。聴く前から、中身が保証されているようなジャケットだ。日本名は土井美亜。日系の母とアイルランド系の父を持ち、今までにインディーを含め7枚のアルバムを出している。ドローン効果タップリのアコースティック・ギターと、シンプルなパーカッションをバックにした唄はカレン・ダルトンやジョニ・ミッチエル、さらにレナード・コーエンなどを思い出すことも出来る。YouTubeで検索すると、けっこう出てくる。ジャケットの絵より、本人は何倍も素敵だ。インタヴューによると、その絵は彼女自身が描いたらしい。納得がゆく。ある曲のプロモ・ビデオは、雪山にスキーに行く様子をとてもプライベートに撮っている。親しい友人ががデジタル・カメラで記録したような粗い粒子の画面が8ミリみたいでとてもいい雰囲気だった。ふいに、去年の秋、L.A.からジョシュア・ツリーへ車で移動したときのことを思い出した。同行したtortoiseさんが遠くの山を見て、唐突に「あそこは冬はスキーが出来る」と言い出したのだ。あの暑い砂漠地帯の、それもそんなに高くもない山で、スキーなんてまさか・・・、と口には出さずに心で思ったら、すぐに「ここからだと離れているからそんなに高く見えないでしょう。でも、あの山多分4000メートルくらいだよ」と言われてビックリした。距離感がまるで違うのだ。アメリカはHUGE、いや、VASTだなー。ひょっとすると、MIA DOI TODDがスキーをしたのはあの山ではないだろうか。
本屋は無音が基本
August 8th, 2008
ブライアン・イーノの「ミュージック・フォー・フィルムズ」をCDで買った。アナログは持っているのだが、CDで聴きたくなったのだ。思った通り、レコード特有のノイズもなく、ひんやりとした音にドップリひたることが出来る。ライナーノーツを見ると、オリジナルの発売は1978年となっている。30年前か。けっこうな時間が経ったわけだ。当時、ロック・マガジンかなんかのインタヴィューで読んだイーノの言葉を思い出してみる。うろ覚えなのだが、「サイバネティックス」に関してのことだったと思う。「コンピューターの発達はまだまだ中途半端である。将来的にはスイッチなど面倒な操作をいっさい通さずに、人間が思った瞬間にそのことを感知してタスクを遂行する幸福なシステムが登場する。僕らはそれまでの長いプロセスの途中にいるしかない・・・。」みたいなことだった。それから30年。コンピューターの発達はめまぐるしく、確かに最近買い直した僕のiMacも以前に比べるとずいぶんストレスが少ない。が、やはり「あ・うん」の呼吸とまではいかないのだ。30年という時間は、やはり、世界が好転するにはちと短かすぎるのか。でも、イーノが提唱した「無視することも出来る音楽」、いわゆるアンビエント・ミュージックなるものは、この30年でなんとなく定着したようである。というか、どこにいっても音楽がかかっていて、なかには決して無視できないものもある。そういえば、BOOK OFFでかかるJポップはなんとかならないものだろうか。本を探している間中、あのナイーブな日本語がコチトラの脳と喧嘩してオチオチ背表紙も読めない始末だ。こうなると、音楽も暴力だ。本屋は無音が基本だと思う(BOOK OFFが本屋だとしたらの話だが)。本当はカフェなんかもそろそろBGMなしってのがイイ。organも無音にすべきかな。
こんな男性に
August 7th, 2008
なってみたい、と最近思うのがスティーブ・マックィーン。
お間違いなく、主人ではなく、私、「嫁」のほうです。
ショートヘアで、どちらかといえばファッションもボーイッシュなスタイルを好んでいた時期が長かったため、がぜんメンズファッションに目がいく。もちろんレディスも気になりますし、映画『アニー・ホール』でのダイアン・キートンなんてたまらん好きですけど。
で、以前から本屋に重ねられてるスティーブ・マックィーンの写真集を見るたびに、彼のファッションセンスに、いや、彼に夢中。
さらりとバラクータのスウィングトップを愛用し、またある時はくるみボタンのニットカーディガンとスウェードのデザートブーツをなんなくコーディネート、その他にもシャンブレーシャツ、ボタンダウン、ホワイトのデッキシューズ…、いいだせばきりがないほどアイビーファッションのお手本がいっぱい。
思えばこれまで彼に関しては、小学生の頃にテレビ映画で観た『大脱走』にでていた俳優、とくらいしか認識がなく、しかも自分の興味対象がヨーロッパに多くあったため、まったくノーマークのアメリカ人俳優だったのだけれど、「アメリカ」というそのいろんな可能性をひめた国が気になり出した今日この頃は彼の存在を無視できなくなってきたのです。
先日、DVDで映画『ブリット』を観ました。これまたマックィーンはネイビーのタートルネックがよく似合う刑事役で、サンフランシスコの急な坂道をスタントマンなしにカーチェイスします。とまぁ、あらすじのことではなく、映画自体が素晴らしい。のっけからラロ・シフリンの音楽に、パブロ・フェロのタイトルバックで始まるのですから当然カッコいい、しかも劇中に無駄な音楽や解説めいたセリフもいっさいなし、ただただ、マックイーンのせつなげな表情と目が印象に残るのです。
やはり当時から「目ジカラ」ってものはあったのですね。作品集は、もちろん主人に買ってもらいました。t.t.
美術の先生
August 6th, 2008
福岡から高速を使えば、ものの40分で秋月に着くことができる。13世紀の山城の跡が残る小さな城下町は、また清流に恵まれたおいしい葛(くず)の産地としても知られている。版画家である友人のアトリエを訪ねたのは平日でもあり、観光客も少ない。夏の暑い日差しの中で、古い街並みはまるでお昼寝をしているようにシーンとしている。若くしてサンフランシスコやLAに遊び、パリでエッチングを学んだ後、東京で長く活動を続けた彼は、確か2年ほど前に故郷である甘木に戻ったはずだ。祖父母が住んでいた秋月城の長屋門を改装して、この秋にはギャラリーを併設したワイン・セラーをはじめるという。ひとあし先に覗かせてもらうことにしたのだ。古い文化財である建物を改築するのは大変らしく、建築家との駆け引きも一筋縄では行かないらしい。ひとしきり話をした後、すぐ近くにある城跡と掘り割りを見物することにした。こんもりとした木々の向こうに古い黒門が現れる。あたりは蝉しぐれ。坂を登ると開けた城内で、今は小中学校になっている。生徒数も少ない過疎の学校らしく、なつかしさで一杯の風情がある。実は、彼は今年の春からここで臨時に美術の先生をしているのだ。「あそこあたりが美術室です。このまえ、イサム・ノグチのDVDを見せて、生徒に段ボールを赤く塗った箱を作らせたんです。出来上がった箱をあっちの森の中に点々と置いて、これが現代アートだ、って教えたんです」。なんだかうらやましい話だ。彼のように素養があって、おまけにユーモアがある先生だったら、美術の授業もけっして退屈ではないだろう。やっぱり彼は、東京から戻ってきて正解だったのだと思う。
小倉遊亀の小さな画集
July 31st, 2008
こうまで暑いと、やっぱりダレてしまうのが人情だ。手っ取り早く、海水浴という手もあるが、今年は温暖化の影響か例年に比べてクラゲの出没が早いらしい。僕はカナヅチなので刺される恐れは少ないが、浅瀬でシュノーケルのまねごとをやることはあるのでやはり油断は出来ない。といって、恒例の天ブラもこう暑くてはかなわない。いきおい、家でクーラーをかけてDVDを観ることが多くなってしまう。昨夜はフランソワ・オゾンの新作を観たが、コスチュームもので、僕が知ってるオゾンとはちょっと違った気がして、途中で観るのを止めてベッドに入った。で、古本屋で見つけた小倉遊亀の小さな画集をながめながら寝苦しさを忘れることにした。
結論として、日本画は夏に合う、と思った。初期(1925年)の「童女入浴の図」などを眺めていると、涼やかでイイ。「胡瓜」なんて、この季節まさにど真ん中だ。淡い色調と繊細な筆致、西洋画にはない余白みたいな空間にしみじみホッとしてしまう。「浴女 その二」(1939年)の、浮世絵をモダンに消化したようななまめかしさも天下一品だ。そして、戦後になると作風に西洋の影響が顕著になる。マチスのデフォルメの真似だと言われた「娘」(1951年)などは、もう日本画とは呼びにくい域に入っている。続く「O夫人座像」(1953年)なんて、小津安二郎の映画に出てくる司葉子みたいにオキャンで現代的だ。そういえば、彼女が長い晩年を過ごした北鎌倉の画室の隣に、なんと小津が引っ越してきたという。近くに明月院という寺があり、そこの紫陽花がとてもきれいだという話もある。満開の紫陽花を観ながら、2人の間に時候の挨拶が交わされたこともあったはず、などと想像してみた。そろそろ、小津をDVDで見直してみようかな。
YABUさんの新しいアトリエ
July 24th, 2008
YABUさんの新しいアトリエが仮オープンしたらしく、行ってみることにした。場所は、福岡にはめずらしい山ノ手にあり、急な坂を登った眺めのいいところである。まわりはリッチなマンションや、洒落たレストランがあって、そのあたりに住むのはちょとしたステータスなのだ。ところが、YABUさんが借りたマンションは、そんな場所には似つかわしくないようなオンボロ6階建て。築40年はゆうに過ぎていて、外装もボロボロ、階段は雨も降ってないのにいつもじめじめしている。実は、以前、僕の友人が住んでいたこともあり、その家賃の安さに驚いたことがある。「パレスチナ・ホテル」などという、彼らしいジョークがピッタリの物件である。部屋は3階で、遠くに福岡ドームやタワーが見渡せて、夕方から一杯やるには打って付けのロケーションだ。ただし、備え付けのエアコンが壊れているらしい。目下、連日30度以上の猛暑が続いている。もちろん、覚悟の上の訪問だった。2DKの白い部屋は、濃いブルーのエア・ベッドと、新作の真っ赤な椅子(YABUさんは家具作家でもある)を除くと、ガランとしている。「砂利を敷きたい」と言っていた床は、とりあえずの板張りだ。早晩、絵の具が飛び散って、ジャクソン・ポロックみたいな床になるのだそうだ。6畳間の真ん中の小さな段ボールの上に、なにやらプロジェクターらしきものが鎮座している。コロナ・ビールを飲みつつ、近くのスーパーから仕入れてきた串揚げをつつきながら、僕らは真っ白い壁に映し出されたDVDを鑑賞した。マイク・ニコルズの「卒業」である。外は夕闇が訪れ、この角部屋には回りの森から案外涼しげな風が吹き抜けてくれる。「キャンプみたい」と、ウチの奥さんが言う。気がつけば、映画は最後のクライマックス場面、ベンジャミンが汗ダラダラで走りに走っている。はっぴいえんどの「夏なんです」が聴きたくなった。
ケチな買いっぷり
July 16th, 2008
東京をうらやましいと思うことはそんなにないけど、古本を探したくなった時などはそうだ。福岡には、古本屋が少ないように思う。九大があった六本松付近にはいくつかあるけど、昔っぽい品揃えがやはり物足りない。僕は、神田の古書店街みたいなものを望んでいる訳ではなく、散歩の途中に立ち寄って2,3冊気になる本が見つかるような小さな店がいい。その店らしいセレクトが感じられると、もっといい。と思っていたら、先日、顔見しりの店で酒を飲み、フラフラしていた時に見つけてしまった。確か、夜の9時を回った頃だった。歩きなれた界隈のオフィスビルの一階にある小さな区画のショップに、所狭しと本が並んでいた。ただし、看板も出ていないし、中では若い男女二人でなにやら作業中の様子だ。オープン前の準備なのだろうか。出直してこようかな、とも思ったが、酒の勢いもあり、ドアを開けた。迷惑かなと思いきや、「ドーゾ」との言葉に甘え、足元の本に気を付けながらお邪魔する。まず目に入ってきたのは、棚の上に面出しされている武田花の写真集。タイトルは忘れたけど、木村伊兵衛賞を取ったもので、もちろん、すでに廃刊。その隣には、武井武雄のいかめしそうな装丁の本がある。見せていただくと、初版は戦前で、こちらは昭和60年(位だったか)に再発された限定本で、中身はこけしの絵がズラーリ。氏が、コレクションしていたこけしを描き、詳細なデータまで書き添えてある。その顔顔の面白さはかなりのもので、こけしマニアではない僕でも惹かれてしまう。とはいっても、おいそれと買える値段でもない。ふと、東京に住む友人の顔が浮かんだ。確か彼は、こけしが好きだったはずだ。今度、教えてあげることにする(忘れなければ)。棚の方に目をやると、タッド若松が鰐淵晴子を激写した「イッピー・ガール」の背表紙が飛び込んできた。値段をみると、悪くない。でも、すでに持ってる本だし、これも誰かに耳打ちだ。というわけで、二人の仕事の邪魔にならないよう、大急ぎの探索の結果、手に入れたのは武井武雄の「本とその周辺」という文庫本一冊。およそ酔っぱらいらしくない、ケチな買いっぷりといえる。まずは、この本で武井武雄の予習をしておいて、次回限定本を狙ってやろうとの魂胆もあった。で、後日、今度はしらふの昼間に訪れた。しかし、やはりその本はあきらめて格安コーナーから「沖縄の焼き物」という本を買い求めた。出がけにふと、真新しい看板を見上げると「徘徊堂」と書いてある。作戦変更。やはり、この店は、もっと、したたかに酔っぱらってフラフラと立ち寄るべきなのだ。うれしいことに、閉店は10時なのだから。
桜島を目の前にしたロケーションで土足スタイル
July 10th, 2008
鹿児島では、見るもの、聞くもの、食べるもの、なんだかすべて新鮮だった。同じ九州といっても、やっぱり違う。微妙なユルさがある。たとえば、DWELLが位置している港付近の風景がなんだか違っていた。DWELL自体も、古い石造りの倉庫を利用したものなのだが、周辺の建物も古いというか、朽ち果てかけた建物や廃ビルが多い。「モスバーガー」の看板が掛かってるけど、よく見ると窓ガラスが割れている空きビルだったりする。かと思えば、どう見ても機能してない長屋のようなバス・ステイションなのに、裏で運転手さんが美味しそうにタバコを吹かしていたりする。スラムっぽいと言ったら言い過ぎかもしれないが、アメリカのオレゴン州かなんかの風景のようでもある(行ったことはないけれど、昨夜DVDで見たガス・ヴァン・サントの映画の影響か)。不景気のせいで、新しいビルに建て替えることが出来ないのだろう。ふらふら歩いていると、目の前に4階建てのビルが現れた。3棟続きの団地である。直線だけで構成されたシンプルな構造は、マンションなどと呼ばれる以前の
モダニズムそのものだ。時間の問題で、壊されてしまうのだろう。Aging Process真っ最中という感じで、いい味がでているのに、もったいない。ENOUGHでリノヴェーションしたい!福岡から高速で3時間。雄大な桜島を目の前にしたロケーションで土足スタイル。いいと思うんだけど。