murmur

今年は、うなぎ食べなくていい?

July 9th, 2008

 

Rimg0252-2 もうじき、土用の丑の日がやってくる。日本国中の人が、強制的にウナギを思い出させられる日だ。だが、今年はひとあし先に旨いウナギを食ったから、なんとなく余裕である。先週鹿児島へ行った帰り、人吉の民芸店に寄った。なんでも、三大民芸店のひとつだと、同行の友人が教えてくれた。ただ、あとの二店がどこなのかはわからないらしい。つまり、それだけこの店は素晴らしいということなのだろう。実際、とても内容の濃い店で、日本中の良いものはもちろん、アフリカやアジアのものも置いてある。春に買った島根の舟木窯のスリップウェアの陶板の柄違いがあったりして、品の良い奥さんから色々な話も聞かせて頂くことが出来た。かれこれ2時間くらい長居をしてしまった。購買欲と、知識欲が満たされると、次は食欲である。といっても、昼飯はあらかじめ決めてある。すぐ近くにあるといううなぎ屋である。そろそろ行こうかという頃に、偶然そのうなぎ屋の女性が店にやってきた。去年亡くなったこの店のご主人が好物だったらしく、ご仏前へと小皿にうなぎを盛って届けてくれたのである。後で伺う旨を伝えると、「お昼は混み合うので、予約しておきましょう、何時がいいですか?」と聞かれる。まだ、もうちょっと見たい気もするし、30分後にお願いし、その時間に訪ねた。盆地、人吉はやはり暑い。5分ほど歩くと蒲焼きのいい匂いと共にうなぎ屋があった。ただし、そこではなくその隣が目指すうなぎ屋である。二軒並んだうなぎ屋というのも、めずらしい。でも、店の造りから言っても、どっちが旨そうかというのは一目瞭然なのだが。名店のすぐ隣に店を構えるってのは、自信があるのか、商売上手なのか・・・。早速中に入り、メニューに目を通すと、やはり並と、上がある。仲居さんによると、並でも充分とのことで、5人のうち4人は並で、ひとりだけ大柄のGさんは上にする。熱燗でう巻きをつつきながら、ひとしきりウナギ談義に花が咲く。なにしろ1人は東京、2人は大阪、僕ら2人は九州、というわけで同じうなぎの蒲焼きといっても調理法、味付けが違っている。関東はあっさりで、九州は甘口、大阪はその中間といったところか。各々、慣れ親しんだ味が一番なのは言うに及ばない。とはいっても、ウチの近くにある一応有名なうなぎ屋の甘さときたら相当なもので、もう10年ほどはご無沙汰。でも、銀座にある名店の味は、あっさり過ぎて物足りなかったっけ。で、肝心のこの店の味だが、甘からず、辛からず、とても美味しかった。そして、うなぎの量も並で充分。上を頼んだGさんは、びっしりと並んだ下にさらにもう一段びっしりといわけで、満足を通り越して「今年はもう、うなぎ食べなくていい」という状態。それにしても、うなぎ屋の雰囲気って、いい。落語的というか、庶民の贅沢というか、なんだか「民芸」にしっくり来る。つくづく、「偽装事件」は許せないと思う。

”聞き手、鈴木惣一郎”

June 27th, 2008

 
Rimg0006-3 やっぱり、近所の本屋にはなかったので、天神の丸善で「分福茶釜」を買った。先週ROVAで来福した小柳帝氏から、「こんな本出てますよ」、という感じで耳打ちされていたのだ。細野晴臣氏が「大事なことを”小声”で語った人生問答」、という帯のコピーも気になったが、”聞き手、鈴木惣一郎”というのにも惹かれた。10年ほど前、地元のFMで番組をやっていた時、小柳、鈴木両氏には大変お世話になりました。「モンド・ミュージック」の二人が、音楽にまつわる四方山話を(おもしろ可笑しく)東京から発信してくれるというコーナーで、なによりも僕自身が一番楽しみにしていた。ある時、細野氏へのインタビューがオンエアー用MDに録音されて送られてきて驚いたことがある。確か、”スウィング・スロー”というアルバムを発表した直後だったはずだ。勝手に、ホソノ氏=無口で気むずかしい、というイメージをいだいていたのがウソのように、面白い話っぷりにびっくりした。これはソウイチロー氏だから聞き出せた一種の「特ダネ」のようなものだと思った。堅い話も、軟らかい話も含め、ウマが合うというか、ホソノ氏がまるで愛弟子との会話を楽しんでいる風なのである。今回、活字になった二人のやり取りを読んで、漱石と百閒の師弟問答もこんな風だったのかも、などと勝手な想像をした。でも、帯にもちゃんと書いてあるように、二人はまず、「仲間」なのである。そこが、又いい。でなければ、ナンパとか、自慰、飲尿療法なんて話は出来ないはずである。文末にもあるように、次回作も期待しよう。

平積みされていた「ショーケン」

June 22nd, 2008

 
Rimg0116 近所の本屋で、平積みされていた「ショーケン」を買ってしまった。このての本はしばらく経ってからブック・オフで買うのがセオリーなのだが、立ち読みをしている内にどうしても誘惑に勝てなくなった。GS時代、女性遍歴、大麻、黒澤明などなど、本人のナイーブなモノローグで語られている。でも、やはりこの人は、「傷だらけの天使」だな。あの破天荒に格好良かったタイトルバック。新聞紙を前掛けにして、やおら冷蔵庫からパン、トマト、コンビーフ、そして牛乳を引っ張り出して、ひたすら食うシーンだ。牛乳瓶のフタを手じゃなく、口でバゴっと中に押し込んで、おまけにピシャっとカメラに向かってぶちまける。真っ白になった画面に真っ赤な文字で「傷だらけの天使」とタイトル・ロゴが出るって寸法。ゴダールの「勝手にしやがれ」なんか霞んじゃうくらいアナーキーだった。本によると、このシーンは何をやるかまだ決めて無かったらしい。で、突然朝飯を食うことに決め、マルチェロ・マストロヤンニ主演のイタリア映画「最後の晩餐」をイメージしたという。ひたすら食い、かつセックスするという映画だ。そうか、フランスというよりイタリア好きだったのかな。でも、「アキラ」と「アニキィー」のモデルになったのは、実は「真夜中のカーボーイ」のダスティン・ホフマンとジョン・ヴォイトということらしい。そういえば、市川崑の「股旅」もよかった。尾藤イサオ、小倉一郎とのズッコケ渡世人ぶりが妙にリアルで。このあたりまでがショーケンで、次の大ヒットした「前略おふくろ様」あたりから萩原健一ということか。罪を悔い、四国のお遍路に出るのはきっと、萩原さんだろう。それにしても、これくらい振幅の激しい俳優って、近頃めっきり少ない気がする。

YABU ONE MAN SHOW

June 15th, 2008

 

 YABUさんの個展のオープニング・パーティーへおじゃまする。場所は「エル・タジェール」というカフェ・ギャラリー。ギターの即興演奏をバックにライブ・ペインティングをやるという。ENOUGHの仲間と一緒に駆けつけると、会場は満員。
Rimg0041 さすが、YABUさんの人気は絶大だ。このスペースを運営しているのはサンチャゴさん。久しぶりの再会。彼は、今では全国的にも有名になった「イスラ・デ・サルサ」というラテン・ミュージックのイヴェントを毎夏能古の島で開いているアルゼンチン人だ。「今年は、場所を変えてもっと多様な音楽を紹介するイヴェントにしたい」と、相変わらずの笑顔で話してくれる。ビール片手に談笑していると、突然YABUさんからライブ開始のMCを頼まれる。事前に依頼されていたら遠慮したはずだが、突発的なオファーだとなぜか嬉しい。何も考えないまま「今夜のハプニングをみんなで楽しみましょう」みたいなことを喋る。パフォーマンスは「蝉」というユニットの岡崎氏のギターで始まった。すると、絵の具缶を混ぜ混ぜしていたYABUさんが、おもむろに真っ黒なキャンバスに白い文字を書きつけ始める。みんなの目は、もう釘付けだ。フェンダー・ジャズ・マスターの轟音が、筆からしたたり落ちる絵の具にディストーションをかけている。
Rimg0066 ここは、ひょっとして60年代のNY、それとも新宿のアングラ空間? 「予定調和」という退屈で苦痛なものへの異議申し立てとしての「ハプニング」はここ福岡ではドッコイ健在なのだ。それにしても、個展をやるたびにYABUさんの絵は変化する。期間中、ぜひ自分の目で確かめて欲しい。桜坂にある、まるで「傷だらけの天使」みたいなぼろマンションのアトリエでの新たな活動も期待しよう。

YABU ONE MAN SHOW
藪 直樹 個展
14-30 June 2008
12:00-22:30(Mon.-Sat.), 12:00-18:00(Sun.)
El Taller
福岡市中央区赤坂1-5-2 Albe 赤坂2F Tel.092-722-1650

焼き付けCD

June 6th, 2008

 
Rimg0094 先週、NHKの番組で本のことが扱われていた。それによると、最近は「売り上げランキング」などを参考に購入する人が多いらしい。そのせいか、ランキング外で面白い本があっても、目立ちにく、売れ残ってしまい、結果として廃刊になることが多いという。大型店になればなるほど、売り上げ至上主義が幅をきかせるためかその傾向は強く、本好きのスタッフなんかは頭を悩ませているらしい。なんだか、困ったものである。ランキングされる本なんて、毎月出版される膨大なカタログからみれば、ごく一部に過ぎないのだから。
 僕の場合は、CDで似たような悩みを抱えている。organで販売するために、面白そうな新譜を見つけてオンラインで問屋にオーダーするのだけれど、10枚の内、「在庫アリ」は3枚くらいだろうか。旧譜にいたっては1枚あるかないかってところだ。新譜といっても、ランキングに登場するようなものではないのだけれど、店にゆけばあったりする。つまり、そうゆうCDは最初のプレス枚数が少なくて、全国の大型店などに行き渡った時点で、在庫切れといった状態なのだろう。なんだか、大量にプレスされる売れ筋CDのあおりを食っているような気がしてならないのだ。
 僕は、ランキングなんてマーケティングのひとつでしかないと思っている。いくらでも操作できるとまではいわないけれど、少なくとも参考にするくらいが関の山。これまで、どちらかというと、ランキングされているものはなんであれ避けてきたといっていい。なんだか「買わされている」ような気がしてならないからだ。どうせなら、自分で仕入れたネタをたよりにしたいと思う。それだったら、もしハズしても自業自得、勉強代だと思えばいい。もし、自分が信頼している人のネタならもっとありがたい。ハズれることは、とても少ないからだ。
 先日のENOUGHのイヴェントの際、grafの服部さんにあるお願いをした。grafがデザインした真空管アンプのお披露目でかけるCDを各々選曲しようというものだ。まずは、僕のほうから焼き付けたコンピCDを送り、それに呼応するように彼のCDが届いた。実は、僕には密かな確信があった。服部さんはトロンボーン奏者なのである。数々のデザイン・ワークをプロデュースするだけではなく、なんと、あの谷啓と同じ楽器を奏でるのである。一体、どんな曲を選んでくれるのか、「期待するな」というのは無理な相談である。で、結果は・・・、あまりの素晴らしさに1曲目から唸ってしまった。どの曲も真空管アンプにふさわしくアコースティックでジャジー、そしてもの悲しく、適度にアヴァンギャルドと、まさにいうこと無し。そのうえ、選曲リストをみると、9人中1人を除いて知っている名前がない。俄然、興味がわいてくる。こんなふうだから、音楽ってやめられない。当分の間、僕の焼き付けCDランキングの1位に輝くってわけだ。

バーディー・ナム・ナム

May 29th, 2008

Rimg0483 ビートルズのDVDボックスを観て、色々なことを思い出した。その一つがモンティ・パイソンだ。ナンセンスでブラックなユーモアにあふれた彼らのコントのセンスはビートルズにも通じるものだと思う。物議をかもしたジョン・レノンの「ビートルズはキリストより有名」発言なども、彼らがコントでやったとしたら、きっとあれほど大騒ぎにはならなかったはず。実際、お笑いの力って馬鹿にならない。イギリス人には有名な「サタイア精神」ってものがある。辞書を引くと「風刺」となっているが、「批評精神」みたいなものなのではないだろうか。それにしても、自分を棚に上げた「批判」ではなく、自分も参加したギリギリの「物言い」はとても勇気がいるものだろう。 ビートルズの映画「ハード・デイズ・ナイト」や「ヘルプ」で、ストーリーとは関係なく飛び出すナンセンスなギャグはやっぱりイギリス的だ。監督のリチャード・レスターはアメリカ人らしいけど、イギリスに渡ってピーター・セラーズとかなりナンセンスな短編実験映画を撮ったりしていたようだ。 そういえば、ビートルズの面々はピーター・セラーズが出ていた「グーン・ショウ」というラジオ・バラエティのファンだったらしい。僕も「暗闇でどっきり」でピーター・セラーズにやられた口である。その後、「ピンク・パンサー」でタイトルバックのアニメやヘンリー・マンシーニの音楽も含め、大ファンになってしまった。「ロリータ」での怪人もよかったけど、なんといっても「パーティー」でのインド人はハマリ役だと思う。もちろん、可憐なクロディーヌ・ロンジェも素敵だったけど・・・。そうそう、当時高校生だった僕は、親友だったN君にしか打ち明けていないある発見をしたのだ(もちろん、たいしたことではないのだけれど)。「ジョン・レノンとピーター・セラーズ、実は似ている」というのがそれだ。根拠はいくつかある。「顔、特にワシ鼻と薄い唇が似ている。笑い方が不自然でコミカルな動きをする。傲慢なようで、どことなく寂しげ」などが主なポイントだが、最近この説を補完するあることに気が付いた。それは両者共に物まね、もしくは形態模写好きだという点だ。ピーター・セラーズは、ご存じのように百変化の俳優だが、ジョンも映画やインタビューの中で、突然声色を使ったりしているのをお気づきの方もいるだろう。いったい、物まねが好きだというのはどういう心理なのだろう。深い詮議はさておくとして、二人とも何らかのコンプレックスやアイデンティティの喪失感があったのは確かだろう。そして、名声を得た後、「イマジン」と「チャンス」という枯淡の境地へ向かったこともなんだか因縁めいているような気がする。

にじむ涙

May 23rd, 2008

 初めてビートルズを聞いたのは、家族でドライブしていた時だった。ラーメンでも食べようと父が言い出し、峠のドライブインに立ち寄った時、店内のラジオから流れていた「プリーズ・プリーズ・ミー」に出くわした。その時の印象を一言でいえば、とても奇妙な音楽という感じだった。僕は海外ポップスが好きな中学生だったけど、ニール・セダカやパット・ブーンなどのクルーナー系とは明らかに違う不思議なコーラス・ワークや、性急なリズムのドラムやギターに面食らってしまった。なんだか、聞いてはいけないものを聞いたような、胸騒ぎめいた心持ちがした。とにかく、父や母と一緒にひなびたドライブ・インで聞くにはちょっと不向きな音楽だった。
 
Rimg0474 最近ビートルズの写真集とDVD5本セットのアンソロジーを購入した。リンゴ・スターみたいにドラムが叩きたくてドラマーのはしくれになり、ジョン・レノンそっくりの丸メガネを掛け、70年代の新宿武蔵野館で「レット・イット・ビー」を見たのを最後にビートルズを卒業していたと思いこんでいた。ところが、最近新しいといわれるいろいろな音楽を聞くにつけ、どこかにビートルズの影響を発見してしまう。いったい彼らのどこに惹かれていたのだろう。
 イギリスの日刊紙デイリー・メールのカメラマンが撮った写真をコンパイルした”Images Of The Beatles ”には、当時日本の音楽誌や週刊誌で見かけたショットがたくさん載っている。とてもなつかしいけど、モノクロに定着した4人の姿はいかにもな過去である。一方、アンソロジーDVDは膨大なデータを使い再編集、リ・ミックス、生前のジョージを含めた3人のインタヴィューも豊富で文句なしに楽しめる。全部見るのに12時間ほどかかるところ、僕は2日間で見てしまった。音楽はもちろん、ファション、発言、すべて現状に対する実験と挑戦だったことにいまさらのように驚いた。4人が発見し、表現し、新たなステップへ進むスピードの速さはまるで奇跡を見ているようでもある。しかも、世界中が彼らにノボセていたとき、冷静だったのは当の4人だけだったとは。「静かなビートル」とマスコミに呼ばれたジョージ・ハリソンの歯に衣を着せぬ発言も意外な発見だった。
実は、DVDを見ている間にかなりの頻度でグッと来てしまい、思わずにじむ涙を奥さんに見つからないようにするのに苦労してしまった。もちろん、彼女もビートルズは嫌いではないはずだけれど、やはり一人で、しかも画面の前1メートルのカブリツキで見続けていたかったのだ。中間試験の前日にもかかわらず、多分29回目の映画「ハード・デイズ・ナイト」を観るために場末の3番館に駆けつけた時から確実に40年以上が経つというのに、僕はまだ4人にノボセることが出来る。別に自慢出来ることではないけれど。

人が関われるすき間

May 3rd, 2008

 5日間に及ぶデザインニング展を通じ、印象に残ったのはgraf、服部氏の言葉でした。それは、最終日にもうけたトーク・セッションの際、彼が発言した「すき間があるデザイン」という言葉に集約されるのかもしれません。セッションはgrafがデザインしたKGアンプの心地よい音が流れる中、満員のゲストと一緒にリラックスした雰囲気で始まりました。I-Podからのデジタル・データが真空管アンプを経過することで、とても自然な音となってゆきます。それは、デジタルといういわば点のようなものが集積し真空管を通る間に、波のようなものに変化するためだと彼は言います。たしかに、寄せては返す音と音の間には、つい引き込まれてしまいそうに魅力的な間が感じられます。

Enough 13

そういえば、grafの家具にも、それと共通するデザイン性があるような気がします。合理性を備えた完成形というより、買った人が「どう使うか」といったすき間、もしくはスキを残したデザインとでもいえるようなもの。人が関わって初めて機能し出すようにセッティングされたオブジェ。

今回のイヴェントで提案した「靴のままの生活」なるものも、実はそんな試みのひとつだったような気がします。あらかじめ、靴を脱ぐことが合理的だとして規定された空間は、ともすれば息苦しいものです。訪れる人が何らかの形で関われるスキとしての土足。拒否しないこと。問いかけること。出来れば、お互い成長すること。
Enough 11
今回手がけたフラットも、あえてラギッドにとどめた部分が端々にあります。
訪れた人たちがこの空間で、「○○でなければならない」よりも、「○○もありかもね」という楽しみ方を感じてもらうことが、できたかどうか。
そして今後それを「どう使うか」ということを想像させるような空間であったかどうか、ということも。
まだまだENOUGHの試みはつづきます。

Enough 12
イヴェントの二日目、土足仕様に改装したばかりのフラットに友人達を招いて小宴を開きました。そのうち、多分酔いも手伝ってか、ある友人が赤ワインを床にこぼしてしまいました。おかげで真新しい麻のカーペットには30センチ位のシミが。怒るに怒れない僕を尻目に、その友人はシミのすぐ横で朝までぐっすり眠り込んでしまいました。翌日うちの奥さんが「染み抜きには重曹が良い」と調べてゴシゴシやるけど赤暗色が薄黒く変化するだけ。おかげで、僕ら夫婦と友人は、お互いに忘れることの出来ない物語を共有することになったというわけです。

リ・モデルがもうじき完成する

April 16th, 2008

 
A-1 ホテルとホスピタルは、もともと同じラテン語から派生したらしい。それも、ホスピスが語源だとか。不思議だけど、合点がゆくような気もする。「土足、土足」と騒いでるようだが、僕はどうやら気兼ねなく安らげる住まいが欲しいのだろう。願わくば、必要な機能をキチンと備え、他者にも優しいホテルのようにリラックス出来る部屋、それがシャンブル三宅#602であってほしいもの。リ・モデルがもうじき完成する。正直なところ、かなりドキドキしている。4月25日からの5日間に、一体、何人のゲストが来てくれるのだろう。そして、どんな感想を持ってくれるのだろう。楽しみでもあるが、不安でもある。

彼を介して知ったこと

April 11th, 2008

 
Rimg1144 実際に土足で暮らしている人に初めて出会ったのは28年ほど前だろうか。アメリカに単身渡り、ヒッピーや、ブラック・パワー後のカルチャーに触れ、日本へ戻った彼はたまたま福岡でとてもヒップな服屋を始めたばかりだった。フランソワ&マリテ・ジルボーのジーンズや、フィオルッチなどの新しいブランドも扱っていたけど、ブルックス・ブラザースやコールハンというベーシックなアイテムも押さえた、当時としては革新的に刺激的なショップだった。お互いにセルロイド・フレームのメガネをかけていたことから仲良くなり、音楽やファッションの話をするようになった。ある日、彼のさほど広くないアパートを訪ねると、なんと畳にカーペットを敷き靴のままの生活をしていた。驚くと同時に格好いいな、と思った。「なんでみんな土足せーへんのやろ、オカシーとおもへんか?」、と大阪弁で気炎を上げる彼の強引なライフ・スタイルが正直うらやましかったりした。
 サーファーでもあった彼はその後郊外の海辺に南仏風の家を造り、ドーベルマンを飼い、流木で椅子を作ったりしながら少しずつファッションの世界から離れていった。僕や友人達がコンピューターを手に入れても、彼は頑なに拒否していた。そのうち、さしたる理由はないまま、お互いに会う機会は少なくなってしまった。
 今でも覚えているのだけれど、お洒落について彼はこんなことを言っていたっけ、「街を歩いている見知らぬ人にアピールしても仕方がない。お洒落とは、結局知ってる者どうしの暗号みたいなものだ」、と。確かに、ある友人がひょんなことで、いつもとは違った格好をしていて、それがとてもよく似合っていたとする。なにか、心境の変化があったのかもしれないし、新しい恋人が出来たのかもしれない、と想像してみる。でも、そんなことを思えるのは、その友人のことをよく知っているからにちがいない。
 多分、僕が土足に抵抗が無くなったのも同じようなことだと思う。突然、ある人から勧められていたとしても、果たして関心を示しただろうか。「ゲイの恋愛も、ストレートな恋愛も同じ。男と女と同じように、相手に優しく接するということには変わりはない」なんていうことを言ってしまう彼だったからこそ、僕はその気になってしまったのだ。「土足を選ぶ」ことが情報ではなく、リアルな選択肢になったのは、彼を介して初めて成り立ったのだと思う。
 4月25日から29日までの間、オルガン下の自宅部分を開放します。情報としてではなく、26年経過した土足生活の有り様をご覧いただけるはずです。